2015/01/26

【論文抄録】中学校国語科における編集力を高める授業の開発

1 問題の所在
 そもそも、人間の創造的行為には既存の情報を組み替え、再創造する広義の編集力(エディターシップ)が欠かすことのできないものであるという言及は、外山(1975)や松岡(1996)らによってなされてきた。
 この編集力の必要性が、情報社会の進展に伴い一層高まってきている。情報社会において、誰しもが様々なメディアを通して発信できるようになり、情報を効果的に発信する編集力が求められるようになった。他方、大量の情報が流通する中で、その情報に埋没しないために、人の手によって情報をまとめたり、価値付けしたりしていく「キュレーション」(ローゼンバウム,2011)としての編集力の重要性が言及されるようになった。
 国語教育においては、従来より雑誌や文集などの製作で編集が取り上げられてきている。しかし、個別のメディアに対応する学習は実践されてきたが、様々なメディアに通底する編集力そのものを取り上げた実践および研究はほとんど存在していない。 また、平成20年改訂の学習指導要領において、書くことの言語活動例に編集が取り上げられるようになったものの、学習指導要領上では読むことと書くことが分断された構成となっているため、両者を関連させた能力としての編集力を位置づけることが難しいという課題が存在している。
 これらの課題から、国語科で扱うべき編集力とはどのようなものであるかという問いを持ち、授業開発をすることとした。

2 本研究の目的と方法
 本研究では、中学校国語科における編集力を高める授業を開発するという目的のもと、以下の三点の研究に取り組む。
 一つ目は、国語科で取り上げる編集力の要素や構造を具体的に解明するということである。そのために、編集に関連する先行学習事例の検討を行うとともに、文献研究と編集者への取材を行う。これらの検討から、編集力の構造について考察する。
 二つ目は、編集力を高める授業プランを開発し、筆者の勤務する中学校で実践することである。
 三つ目は、編集力を高める学習において、学習者はどのように思考し、編集を学んでいるのか、その編集プロセスをとらえることである。これらの検討により、中学校国語科における編集力を高める授業の開発に有効な知見を得ることを企図した。
 
3 研究内容
(1)編集を取り上げた学習事例の検討
 編集の学習自体は、新聞や雑誌の製作活動などとして以前から取り組まれてきている。そこで、中学校国語科においてこれまで編集学習がどのような位置づけで取り組まれてきたのか教科書の記述から概観することとした。どのようなメディアを取り上げてきたのか、また、それぞれのメディアの編集学習が、どのような意義や位置づけで取り組まれてきたか考察した。
 編集学習で取り上げてきたメディアについては、文集、新聞、雑誌、パンフレットやニュース番組など様々あるが、1990年代以降、メディアの種類が急速に多様化してきていることと、また、メディアによっては教科書への掲載が大きく増加したり、減少したりしているものがあることが分かった。そのことは、時代の変遷にともない、メディアも大きく変化してきていることと、それに伴って国語教育で取り上げるメディアにも変化があることを示している。
 続いて、これまでの編集学習では、以下の五つの意義をもって取り組まれてきたことが分かった。
・書くことを振り返る
・多種多様な情報を活用する
・文種に応じた表現の技術を学ぶ
・多様なメディア表現の特徴を学ぶ
・作り手の意図を学ぶ
 編集学習は、このように様々な意義を持って取り組まれてきている。課題として、様々なメディアにおいて活用できる編集力の要素を精選、構造化することや、編集学習において学習者が編集者としての視点を持つことと、編集技術を学ぶことの両立を図ることの重要性が示唆された。

(2)編集力の構造についての検討
 様々なメディアの編集に共通する編集力について、その構造を明らかにするために、文献研究及び編集者への取材を試みた。
 その結果、編集力とはメディアの中で、読者に向けて様々なコンテンツを構成し、プロデュースする能力であること、その編集力には、編集方針と編集技術との二つの側面から整理できることが分かった。
 編集方針には、発信メディアの特徴の吟味、コストへの見通し、読者層の設定や、読者のニーズなどの分析、そしてコンテンツへの理解が含まれる。また、編集技術には、情報(テキスト)を収集するための取材技術、適切に整えるための加工技術、複数の情報を組み合わせたり配列したりする構成技術の三つに大別できる。(表1)

  表1 編集技術の構成要素と編集例
┌──┬──────────────┐
│取材│情報を選択する               │
│    │取材をする                   │
│    │執筆依頼をする               │
│    │写真・動画を撮る             │
├──┼──────────────┤
│加工│【情報を減らす】             │
│    │ 削除する                   │
│    │ 要約する                   │
│    │【情報を書き換える】         │
│    │ リライトする               │
│    │ 校正する                   │
│    │ イラスト化・図化する       │
│    │【情報を付加する】           │
│    │ 解説・注釈を付ける         │
│    │ 見出しを付ける            │
├──┼──────────────┤
│構成│組み合わせを考える           │
│    │順番・配置を考える           │
│    │デザインを考える             │
│    │レイアウトを考える           │
└──┴──────────────┘
 編集力を製作プロセス全体を俯瞰する編集方針が中心となり、様々な編集技術を活用していく力の総体として整理した。

(3)編集力を学ぶ授業の開発と実践
 編集力を高める授業の開発では、教材研究の視点と学習支援の視点と、二つの観点から授業を検討することとした。
 まず教材研究の段階では、学習者がどのようなメディアで発信していくのかという発信メディアの検討と、何を加工していくのかという編集テキストの検討、そしてそれらをどのようなプロセスで編集していくのかという編集プロセスの検討との、三つの視点を取り上げた。
 また、編集プロセスの学習支援として、編集方針の形成プロセスと、編集技術の活用プロセスの二つの側面から学習者を支援していくこととした。

第一実践 「小林一茶企画展」
 中学1年生を対象に実践した授業は、一茶の俳句を組み合わせて展示するミニ企画展を各自で製作するというものである。
 屏風状のディスプレイ型ポートフォリオによる「展示」を発信メディアとして、そこに各自が設定したテーマで編集した一茶の俳句などを展示する学習を展開した。
【おもな学習の流れ】
①一茶の俳句を読む。
②テーマを決めてコレクションを作る。
③展示の企画を考える。
④構成やレイアウトを考え、展示を作る。

第二実践 「戦争の記憶を受け継ぐ」
 中学2年生を対象に実践した授業では、「戦争体験者から当時の暮らしなどをインタビューしたり調査をしたりして、読者対象である中学校の後輩たちに、戦争について考えてもらうための雑誌を作る」という学習活動を展開した。
 プロの雑誌編集者をアドバイザーとし、戦争体験者を教室に招き、雑誌編集について学んだり、インタビューを体験したりしながらグループで雑誌を製作した。
【おもな学習の流れ】
 ①構成ラフを描く
 ②戦争体験者へインタビュー取材する
 ③見出しやリードを作成する
 ④紙面のレイアウトを考える
 ⑤文章を考える

4 成果と課題
(1)実践から見えてきたもの
 実践を行い、学習者の編集プロセスについて次のことが見えてきた。
・多様な解釈を許容する懐の深いテキストが編集テキストとして適している。
・編集方針の形成プロセスと編集技術の活用プロセスの双方が密接に関連することのできる授業デザインが重要である。
・編集方針と編集技術は編集テキストと向き合う中で相互作用的に高まっていく。
・編集活動ではテキストかテーマか、どちらを優先するかでジレンマが生まれる。
・切り口のあるテーマを設定することで、テキストへの解釈が深まっていく。
・様々なメディアが融合された現代のメディア表現に対応していくために、他教科との連携や、国語科の教科内容の更新の必要がある。
 このように、編集力を高める授業の開発および実践への有効な示唆が得られた。

(2)今後の課題
 本研究では、二つのメディアを別の学習者を対象に授業実践を行った。そのため、これらの学習によって得られた編集力が、他のメディアの編集にどのように転移していったかについては解明できていない。同一の学習者が、様々なメディアを対象とする編集に取り組んでいくなかで、編集力のどの要素が、どの程度転移したのかなどを検証することが必要であった。それらの系統的な編集力向上の実践および検証が今後の課題である。

参考文献
スティーブン・ローゼンバウム (著), 監訳・解説:田中洋 (翻訳), 翻訳:野田牧人 (翻訳)(2011)『キュレーション 収集し、選別し、編集し、共有する技術』プレジデント社
外山滋比古(1975)『エディターシップ』みすず書房
松岡正剛(1996)『知の編集工学』朝日新聞社