2015/03/07

結果よりも変化、点より線

さんざん言い古された言葉だけれども、「結果よりも変化」「結果よりも経過(プロセス)」というのは教育の本質に関わる真理だと感じる。
「結果よりも変化」という立場に立つと、いろいろなアプローチが変わってくる。見え方が変わってくる。
しかし、そういう見え方ができない、見えていても伝えられないことが非常に多く、もどかしく感じられる。(一応断っておくが「結果」なんかどうでもよい、という意味ではない。結果は「点」、変化、経過は「線」。点ではなく線で捉えるべきだと言うことだ)
確かに、学校から出て、社会の厳しい競争の世界では、「変化よりも結果」が求められるのが常識だ。十分な結果が出せなかったら会社をクビになってしまう。しかし、学校は、「結果が出せないからクビ」という世界ではない。つねに、現状から、「結果」をどのように「変化」させていくかという一点に焦点を当てて全ての教育活動が行われている。(その「変化」を「成長」というのか「適応」というのか、さまざまな言い方があろうが)
だから、常に、なんのために、なにを、どのように「変化」させるか吟味するのが教育研究であり、「変化」にむけて様々な取り組みがなされるのが教育の実践だし、子どもの「結果」から、「変化」に焦点を当ててみていくのが教育の評価である。これが教育の本質的な営みなのだ。
教育現場で時折語られる「そのままでいいんだよ」という言説は、「変化」に注目しないという点では、「(変化しようがしまいが)いい結果を出せばいいんだよ」「いい学校に行けばいいんだよ」という言葉と同じくらいに、「変化」に対する退嬰であり、堕落であるとさえ感じてしまう。