修学旅行で、現地の民家に泊まらせてもらうこと(民泊)が最近とても流行ってきているという。中学、高校はもとより、企業研修などでも民泊は取り入れられているそうだ。
民泊の受け入れ先にとっても、村おこしの観点で大変協力的に取り組んでいただいていることは間違いない。どのご家庭も、子どもたちを、「都会から訪れた孫」のように温かく、そして心を込めておもてなしをしてくれている。子どもたちの満足しきった表情からも、十分その成果を感じ取ることができた。(ついでに言うと、民泊先に子どもを預けてしまえば、日中は教員のやることはほとんどなくなる。)
そういうわけで、今後、様々な学校で、「修学旅行で民泊」のパターンは増えていくことだろうと推測する。
ただ、得るものと同時に失うものもあるのではないかと、ひねくれた私は考えてしまうのだ。
それは、子どもが完全に「お客さん」になってしまうのではないかということ。
受け入れ先のお家では「農作業の手伝い」や、紙すき、フラワーアレンジメント、お菓子作りのような体験プログラムを組んでくださってはいる。しかしそれとて(言葉は悪いけれども)中学生にできる範囲の「おままごと」をセッティングしてもらっているだけという見方もできる。
この、セッティングされたプログラムを選択する余地は、子どもたちにはない。受け入れ先の家に行くと、あれよあれよという間に、あてがわれた作業や体験を課せられ、それをやらせていただく。食べきれないほどのごちそうをいただき、そして満足して帰って行く。
それが悪いわけでも、成果がないとは決して思わないんだけれども、「修学旅行」の意義を考えたときに、本当にこれでいいのだろうかという思いが、私の硬い頭の片隅には浮かんできてしまう。
2015/04/24
2014/12/27
悩ましき年賀状問題
ここ5年くらい前から変化が見られているようだ。
周りの先生を見回すと、どの先生も年賀状を当たり前に出すようになってきた。
担任の先生が、クラスの生徒へに、である。
私が児童・生徒時代、一回も担任とは年賀状のやりとりはなかった。だから、こういう風習?になったのは、私の周りではひょっとしたら最近のことかもしれない。
そういう私自身も、学級担任になれば当たり前のようにクラスの生徒に年賀状を出していた。(自腹)
しかし、去年持ったクラスでは、形式的なのはやっても仕方が無いと判断して年賀状は出さずに、結局返事だけ出すようにした。
学級担任がクラスの生徒に年賀状を出すか、出さないか。
おそらく三つのパターンがあるのだろう。
1、担任の先生が自腹で出す。
2、学級費などの経費で出す。
3、出さない。(返事のみ)
さらには、
1、学校あるいは学年で出す/出さない方針が決められている
2、担任の判断で、それぞれが出している
というケースがあるだろう。
日本中くまなく調べてみると、この辺はどうなっているんだろう。ちょっと気になるところである。
「担任の先生が年賀状を出す問題」は、どの程度、プライベートな領域に学級担任が関わろうとしているかという問題にもつながってくる。そしてそれを他の先生とどの程度共通理解して判断しているのかという問題にも。
結構今の学校のスタンスを浮かび上がらせる視点だと思うけれども、どうだろうか。
周りの先生を見回すと、どの先生も年賀状を当たり前に出すようになってきた。
担任の先生が、クラスの生徒へに、である。
私が児童・生徒時代、一回も担任とは年賀状のやりとりはなかった。だから、こういう風習?になったのは、私の周りではひょっとしたら最近のことかもしれない。
そういう私自身も、学級担任になれば当たり前のようにクラスの生徒に年賀状を出していた。(自腹)
しかし、去年持ったクラスでは、形式的なのはやっても仕方が無いと判断して年賀状は出さずに、結局返事だけ出すようにした。
学級担任がクラスの生徒に年賀状を出すか、出さないか。
おそらく三つのパターンがあるのだろう。
1、担任の先生が自腹で出す。
2、学級費などの経費で出す。
3、出さない。(返事のみ)
さらには、
1、学校あるいは学年で出す/出さない方針が決められている
2、担任の判断で、それぞれが出している
というケースがあるだろう。
日本中くまなく調べてみると、この辺はどうなっているんだろう。ちょっと気になるところである。
「担任の先生が年賀状を出す問題」は、どの程度、プライベートな領域に学級担任が関わろうとしているかという問題にもつながってくる。そしてそれを他の先生とどの程度共通理解して判断しているのかという問題にも。
結構今の学校のスタンスを浮かび上がらせる視点だと思うけれども、どうだろうか。
2014/09/24
行事で育つ力、一つの事例
週末の生徒祭では、私は「コンクール係」担当を拝命した。
これは、来場者に「よかったと思うグループ」を選んでもらい、投票結果を集計。そして表彰をするという生徒たちの取り組みをサポートをする仕事だ。
行事が無事終了し、事後の振り返りでは、このコンクール係についての反省点がいくつか出た。
一番の問題点は、来場者に比べて投票率が低いという点だ。
3000人近い来場者があったのだが、投票は600人程度というお粗末な結果に。
そこで、どこが問題なのか、事後の会議で子どもたちが話し合うことになった。
・この投票用紙は「投票用紙」って小さく書いてあるだけだから、一目で見てもほかのチラシと紛れてわかりにくかったかもしれない。色紙とか使えばよかったかな?
・小学生とかには「ジャンル」っていう表現が難しい?
・係の生徒が投票箱をもって歩き回って票を集めていたんだけど、投票所を設置して固定したらどうだろう?
・筆記用具とかなかった人は投票できなかったんじゃないの?投票所に筆記用具を置こうよ。
・投票した人には、ごほうびにスタンプを押すとかは?(生徒祭の別の取り組みで「スタンプラリー
」をやってるので、そのラリーのポイントに加算するという意味)
……などなど。
やはり中学生なので、子どもたちの内輪の活動では、どうしても独りよがりというか、自分たちの予想通りにお客さんはうまく動いてくれるもんだと思い込んでしまっているふしがある。
だから、今回みたいに自分たちの意図と外れた結果が生まれたとき、たとえば、投票率が予想以上に低いという現実にぶち当たったときに、はじめて、自分たちの取り組みのまずさに気づくのだ。
生徒祭などの対外的な活動では、こうした「独りよがり」な自分たちの活動のまずさにいろいろなところで直面する。そして、相手の立場に立って、また、自分たちの意図やメッセージが伝わるようにするために、どうすればいいのかを真剣に考える機会が生まれる。
そこにこそ、日常の学校教育では学べない、学校行事の生み出す大きな学びの場があると感じている。
……投票率をあげようと試行錯誤した子どもたちは、将来、ひょっとしたらどこかの地方自治体で選挙管理委員会のような立場になっている人もいるかもしれない。企業でキャンペーンの企画を考える人になっているかもしれない、そのときに、この生徒祭の経験をちょっとだけでも思い出してくれたらいいなと思う。
これは、来場者に「よかったと思うグループ」を選んでもらい、投票結果を集計。そして表彰をするという生徒たちの取り組みをサポートをする仕事だ。
![]() |
| 「生徒祭」で生徒が作成した投票用紙 |
行事が無事終了し、事後の振り返りでは、このコンクール係についての反省点がいくつか出た。
一番の問題点は、来場者に比べて投票率が低いという点だ。
3000人近い来場者があったのだが、投票は600人程度というお粗末な結果に。
そこで、どこが問題なのか、事後の会議で子どもたちが話し合うことになった。
・この投票用紙は「投票用紙」って小さく書いてあるだけだから、一目で見てもほかのチラシと紛れてわかりにくかったかもしれない。色紙とか使えばよかったかな?
・小学生とかには「ジャンル」っていう表現が難しい?
・係の生徒が投票箱をもって歩き回って票を集めていたんだけど、投票所を設置して固定したらどうだろう?
・筆記用具とかなかった人は投票できなかったんじゃないの?投票所に筆記用具を置こうよ。
・投票した人には、ごほうびにスタンプを押すとかは?(生徒祭の別の取り組みで「スタンプラリー
」をやってるので、そのラリーのポイントに加算するという意味)
……などなど。
やはり中学生なので、子どもたちの内輪の活動では、どうしても独りよがりというか、自分たちの予想通りにお客さんはうまく動いてくれるもんだと思い込んでしまっているふしがある。
だから、今回みたいに自分たちの意図と外れた結果が生まれたとき、たとえば、投票率が予想以上に低いという現実にぶち当たったときに、はじめて、自分たちの取り組みのまずさに気づくのだ。
生徒祭などの対外的な活動では、こうした「独りよがり」な自分たちの活動のまずさにいろいろなところで直面する。そして、相手の立場に立って、また、自分たちの意図やメッセージが伝わるようにするために、どうすればいいのかを真剣に考える機会が生まれる。
そこにこそ、日常の学校教育では学べない、学校行事の生み出す大きな学びの場があると感じている。
……投票率をあげようと試行錯誤した子どもたちは、将来、ひょっとしたらどこかの地方自治体で選挙管理委員会のような立場になっている人もいるかもしれない。企業でキャンペーンの企画を考える人になっているかもしれない、そのときに、この生徒祭の経験をちょっとだけでも思い出してくれたらいいなと思う。
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