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2015/07/26

聞くより読むほうが得意 〜読み聞かせが苦手な私の弁明〜

聞くより読むほうが得意という認知的特性の人は結構いるのではないだろうか?
少なくても私はそうだ。
たとえば、レジュメを渡されて、言葉を尽くして丁寧に「話して」説明されていても、実はほとんど私の頭に入ってこない。(聞く気がないわけじゃないよ、苦手なだけ?)
それよりもレジュメの「書き言葉」をつつーと読んでしまうほうがずっと早く、正確に理解できる。
絵本とかの読み聞かせもそう。
目の前にある絵本を、上手に音読して読んでもらう。語り手の話し言葉に置き換えられ、表現されているものを聞き取ってイメージする。これは本当に「誰にとっても」理解しやすい方法なんだろうか?
それだったら、その絵本を貸してもらって、すみから、自分の好きなペースで、行きつ戻りつしながら読むことができる方が、私にとってはずっとわかりやすく、楽しい読書体験だ。
「読み聞かせ」って、ある程度本を読めてしまう人にとって、聞くよりも字を読む、見るほうが得意な人にとって、(聴覚よりも視覚優位な人にとって? 継時処理より同時処理のほうが得意な人?)どのような価値を持つのだろうか。声で聴いて理解するのが苦手な人には読み聞かせはさしたる必要はないという程度のものなのだろうか?
読み聞かせっていいよね、いいに決まっているよね、楽しいよね、味わえるよね、という雰囲気にはどうしてもなれない、悲しい自分がいる。
図書館系の人、みなさん好きな人が多いようだから。

2015/07/10

単元「わたしの素」〜本との出会いのこれまでとこれから〜

「わたしの素」ができるまで
中学3年、読書生活を振り返る学習。
学首指導要領では、中3「読むこと」の言語活動例に以下のように示されている。
「自分の読書生活をふり返り、本の選び方や読み方について考えること」。
「読書生活をふりかえる」とはどういうことか、「本の選び方や読み方について考える」とは何をどうすることなのか。
授業をする二ヶ月ほど前から、それをぼんやりと考え続けていた。
ぼんやりと考え続けてたある日、学校図書館をうろうろと眺めていたら、次の本と「出会った」。

『ほかの誰も薦めなかったとしても今のうちに読んでおくべきだと思う本を紹介します。 』
この、長ったらしい名前の本は、角田光代、森達也、村上陽一郎、上野千鶴子、木田元、金原瑞人などのそうそうたる執筆陣が、14歳の少年少女にむけて、「今のうちに読んでおけ」という本について熱く語っている本だった。
この本に登場する方々は、どれも10代に強烈な読書体験をしている。そして自分の人生に影響を与えている1冊を、いくつになっても熱く語り続けることができる。
これだなと思った。
本にはそういう力がある。読書の力とはそういうものなのだ。
「読書生活をふりかえる」というのは、単に一日何分読んだとか、何冊読めたというレベルの話ではない。今までの人生の中で、あるいは日々の生活の中で、どのような一冊と出会い、そして自分の運命を変えていったか、切り開いていったのか、そのルーツまでたどらないことには「ふりかえる」なんていうことにはならないのではないか。
この風変わりなタイトルの1冊と出会ったことで、授業の発想が一気に膨らんできた。

授業を構想するとき、私はまず授業のタイトルから考える。
最初の案は「私のつくり方」・・・・・うーん、そういうことなんだけどちょっと違うなあ。「つくり方」っていうような、外側からこしらえる感じじゃなくて、もっと内的な必然性に導かれるようにして、一冊の本と人は出会っていくのではないだろうか?
悩みに悩んで、最終的には「わたしの素(もと)」という授業タイトルにした。
「わたしの素」。「味の素」みたいに、自分という存在の、「味」を作り出す要素のようにも読める。また、「もと」をたどっていく、ルーツをさかのぼっていくようなイメージにも連想が進んでいく。これはなかなかいいかもしれない。
このような紆余曲折を経て、ようやく一ヶ月前に、授業のおおまかな構想が固まった。

「引き出す質問」を学ぶためにはどうすれば良いか
この授業のもう一つのねらいは、「わたしの素」の交流を、一方的に伝え合う活動にするのではなく、質問を通して引き出し合う活動にすることだった。「引き出し合う質問」を学ぶ学習活動にしたかった。
「質問」ということでいえば、ほとんどの生徒が日常的に「質問」はしている。分からないことを教師に聞いたり、興味を持ったことを友達に「質問」したり。
しかし、世の中で必要とされている「質問」は、もう少し広がりのある概念だ。自分が知りたいことを「質問」するだけでなく、相手の気持ちや考えを引き出すときにも「質問」は用いられている。
「今日の体調はどう?」
「君のこの取り組みは、どのへんをゴールにして進めているの?」
「この話し合いのテーマが何か、もう一度確認しませんか?」など。
このように、相手の意向をうかがったり、相手との相互関係の中で新たな文脈を作り出すことも社会生活における「質問」の大きな働きの一つだ。
また、コーチングやカウンセリング、ファシリテーションといった職業の専門性の根幹にあるのも、このような相手やチームの力を引き出すための「質問」にあることはいうまでもない。
これらの質問は、自分が知りたいことを聞く、分からないことを質問するというタイプの「質問」ではない。そうではなくて、相手が話したいこと、相手が解決したいこと、相手が心の中でもやもやしている部分をクリアにするために行われる「引き出す質問」だ。
このような後者の「引き出す質問」を日常的に使えるようになって欲しい。すぐには使えなくても、中学生が「引き出す質問」を意識できるくらいにはなって欲しい。そういう願いから「引き出す質問」の授業プランを考えることにした。
「引き出す質問」を学ぶことの難しさは、いままでの「分からないことを聞く」というタイプの「質問」から「引き出す質問」というものがあるんだということへ発想を転換するところにある。
このような「引き出す質問」について、理論や理屈で中学生に説明しようとしてもそれは無理なことだ。そういうやり方でなく、「引き出す質問」を一気にイメージできる便利な方法はないか?
それはある。生徒の身近な生活の中で「引き出す質問」を目にする機会が、実はある。
それはテレビのトーク番組だ。
トーク番組では、ゲストを番組に招き、ホストから質問を投げかけ、ゲストの魅力を引き出していく。阿川佐和子や黒柳徹子という対談の名手がいる。「さんまのまんま」の明石家さんまがゲストに質問する「振り」も、そういう「引き出す質問」の一種だろう。トーク番組には「引き出す質問」のワザが縦横無尽に飛び交っている。
このトーク番組というフレームを使い、中学生を「ゲストの魅力を引き出すホスト役」にしてしまえばいいのだ。そうすれば、くだくだとこちらで説明をしなくても、一気に「引き出す質問」をイメージさせることができる。このような発想から、授業のフレームを「トークショー」とすることにした。
去年この学年で行ったビブリオバトルの手応えも、この「わたしの素」のヒントとなっている。
「質問」についてより詳しくは、ひとつ前の記事「質問考」へ
なお、この実践のトーク番組のフレームを使った先行実践は以上の文献に詳しい。中学校における「対話」学習の実践研究として筆頭にあげられる一冊だろう。先達はあらまほしきことなり。『国語授業における「対話」学習の開発』


読書生活をふりかえる仕掛け、三冊読書
今回の「わたしの素」では、今までの人生で出会った本の中から三冊をチョイスして紹介し合う活動を行う。
この「三冊」というのが意外にキモだったりする。
取り上げる三冊は同じようなものは避ける。(例えば「名探偵コナン」1巻、2巻、3巻みたいに)
三冊は、なるべく違う時期、違うジャンル、内容のものとするようにさせる。
一冊とか二冊でというのは比較的スムーズに決まる。ちょっと多そうだったら四冊という手もある。しかし三冊選ぶというのは不思議と難しいのだ。
プラスとマイナス、白と黒だけでなく、第三項を選ばなければいけない。そのため「三冊」は、選書が立体的なものになってくるようなのだ。そんなバカなと思うかもしれないけどやってみるとそれが実感できる。三冊は悩ましい。
今まで読んできた本を絞り込むこと、これだけでも、一体何を選べば良いか、どのような本を組み合わせれば良いかと頭を悩ませることになる。ためつすがめつ、昔読んだ本を引っ張り出して、読みかえしていくことになる。それを三冊組み合わせて、立体的に「わたしの素」を表現しなければならないのだ。このように「三冊に絞りこむ」というプロセスを経ることで、これまでの読書生活を立体的に捉え、ふりかえる意識へと、一気に高まっていくこととなる。
※なお、三冊を立体的に組み合わせる発想は、松岡正剛の「三冊屋」をヒントにしている。こんなところにも「編集」が潜んでいるのである。

いろいろと能書きをたれたけど、ここからが授業の実際となる。

単元名
「わたしの素(もと) 〜「本との出会い」のこれまでとこれから〜」

授業の概要
今までの十四、五年間の人生で出会った本の中から、印象に残っている一冊、大好きな作品、夢中になって読んだ本など、人生を変えた!というような本を紹介し合う活動をし、読書経験を共有していく。

授業の展開(全三時間展開)
1時間目 本との出会いをふりかえる
①単元の概要を確認する。
(授業については、一週間前に生徒たちには予告しておいてある)
②教師のデモンストレーションをみて、学習のイメージをつかむ
 教師とゲストとで「本との出会い」のトークショーをする。(「徹子の部屋」みたいなやつね、と言ったら一気に生徒とイメージを共有することができた)
③「本との出会い年表」を書く
④③の年表の中から、「わたしの素」を三冊に絞り、フリップに書く。(下写真)
このフリップや本の実物を提示しながら次の時間のトークショーが進んでいく。

(例)「〇〇さんの素」の三冊と、それに添えたコメント
3歳『さるかに合戦』……必ず最後に正義は勝つのだ!!
小学校3年生、『名探偵コナン』……あまりのおもしろさに人生を後悔
中学校1年生、東野圭吾『パラドックス13』……ミステリー系にドハマリ

このように、フリップには、それぞれの本の下に簡単なコメントが添えられている。
インタビュアーは、本の内容や、添えられたコメントという限られた情報から質問の切り口を考えていくことになる。
(写真の赤い付箋はトークショーで交わされた質問。トークショーを終えた後に貼ったもの)

2・3時間目 「わたしの素」トークショー
五人グループを作り、一人ゲストを決めて、そのゲストの読書体験を質問して引き出し合うトークショーを行っていく。
なお、授業は次のような展開で行っていった。

①トークショーの打ち合わせ(3〜4分程度)
ゲストは退席してグループから離れる。
その間、インタビュアーである四人は、ゲストが提示したフリップから質問内容を考えたり、質問を調整をしたりする。
質問が重複していないか、質問の順序は適切かなどを考えていく「作戦会議」を行っていく。この打ち合わせの段階で、すでに「引き出す質問」のメタ認知が高まっていくことになる。

②トークショー(7分くらい)
ゲストを拍手で出迎えてトークショーが開始。
それぞれの質問者は「二問ずつ」質問をしたら他の人にバトンタッチをしていく。(トーキングスティックであるぬいぐるみがバトン代わり)
この「二問」というところにもこだわりがある。
一問目は①の「打ち合わせ」で事前に考えておく質問。
二問目はアドリブでその場で考える質問。
言うまでもなく重要なのは、二問目のアドリブ質問だ。
二問目の、即興的に考える質問をひねり出すためには、ゲストの話を真剣に聞き取って、文脈を押さえ、どのタイミングで、どのような問いを切り込めばいいか考えていくことになる。特に、自分が知りたいことではなく、相手を引き出すための質問を意識していかなければならない。しかも、前の質問者や後に続く質問者の質問内容も意識して、上手くつないでいかなければならない。そのため、この質問はかなり難易度の高いものとなる。さすがにフリーハンドでは難しすぎると判断して、その支援として、質問のパターンをカードにしてテーブル上に並べておいた。
(全員ではないが、このカードを頼りに質問を考える姿は見られた。だから一定の効果はあったと言える。しかし、上手くトークの文脈をつなげるように質問を繰り出していくのはなかなか難しかった。きっとこれは大人でも難しいことなのだろう)








この「質問のカンペ」は、トークショーで質問として交わされそうな内容を片っ端から分析してカードに書き起こしたものだ。質問が思い浮かばなくなってしまったら、このカンペをチラ見しながら即興的に質問を思い浮かべることになる。(別にこのカードの言葉を言わなければいけないというものではない。ヒントカードのようなもの)
こういう学習言語、学習語彙を、子どもの活動内容に合わせて提示する手法は、先日、つくばの研修で学んだJSLカリキュラムの発想を参考にしている。

テーブルのセッティングは以下の通り。

三冊を紹介するフリップボード、質問のカンペ(質問の文型をカードにしたもの)、ゲストからのフィードバック用のカード、一問目の質問をメモするための付箋、トーキングスティック(ぬいぐるみ)、各グループの交流を録音するためのボイスレコーダー。

③ゲストからのフィードバック
ひとしきりトークショーが終わったら、ゲストから、このトークショーの質問をフィードバックしてもらう。
このフィードバックでは何も示さずにフリーに話してもらっても、もちろんいいんだけれども、そうなると「楽しかったです」で終わってしまい、浅いものとなってしまうことを危惧した。そこで、以下の四つのパターンをカードで示した。
(なお、この四つのパターンは、ゲストにとってフィードバックを引き出すという意味だけでなく、インタビューアーにとっても、トークショーの目指すべきゴールを共有するためのものとして機能していく。このトークショーの最高のゴールは「考えてもいなかった気づきを得る」ようなインタビューとなることだ。)
ゲストはトークショーが終わると、このカードを示しながらトークショーのフィードバックをコメントしていくこととなる。
よかった質問は? よかったところは? 質問を受けての感想は? などなど。

このような流れでトークショーのワンサイクルが終了する。

※なお、事後に、「わたしの素」の三冊、「本との出会い」年表、「本との出会い」の「これまで」と「これから」を振りかえるコメントを含む内容で、八つ切り画用紙に表現して掲示物にして他のクラス、学年とも共有していく予定。これは夏休みの宿題とした。

さて、この「わたしの素」の試みは、ひと言で言って、とても面白いものだった。
「思い入れのあるとっておきの本」というトークの題材、そして、それを引き出し合う仲間の存在、それを楽しむトークショーという虚構のフレーム、それらの相乗効果で、この交流は熱をおび、大いに盛り上がった。

実はこの授業は、学芸大の岩瀬先生も飛び入り参加をしてくださった。
あるクラスでは、1時間目のトークのデモンストレーションを岩瀬先生と。もう一つのクラスでは2時間目のトークショーを参観していただいた。
授業後、岩瀬さんから長文のフィードバックをいただいている。
このフィードバックが、活動場面での子どもたちの様子や、この試みの課題を知ることのできる何よりのレポートであると考え、最後に、以下、全文を紹介させていただく。


【授業参観記:長文】

今日は〇〇中学校の▲▲さんの授業を参観させていただいた。かねてから自分と同じ「匂い」を感じていた▲▲さん。今回突然のお願いにもかかわらず快くお引き受けくださり、研究室の院生の方々ら6人と一緒に2時間参観させていただいた。

一番の感想は「幸せな気持ちになった」だ。ボクは授業を参観するときに、そこに子どもとして座って授業に参加している自分を想像する。子どもである仮想の「ボク」は、本当に楽しそうに授業に参加していた。
そして生徒の皆さんが幸せそうに語り合う姿を見ていて、ボクも本当に幸せになった。

授業は、「わたしの素~「本との出会い」のこれまでとこれから~」。これまでの人生で出会った本、大好きな本、自身の人生に影響があった本など「わたしの素」になっている本を3冊選ぶ。その選んだ3冊についてグループごとに交流する授業だ。
グループごとに「徹子の部屋」のイメージでトークショーを行う。一人一人がゲストになり、グループのメンバーが「徹子役」(ファシリテーター)として、ゲストの「わたしの素」を引き出していく。

中3の皆さんは自身の「素」となった本について本当に嬉しそうに語っていた。思い入れのある本にはエピソードが埋め込まれている。本との出会い、その頃に体験したこと、本とのつながり。グループのメンバーはいかにゲストの魅力的なエピソードを引き出すかを「質問」でチャレンジしていく。全3時間の単元なので質問をブラッシュアップしている時間はあまりない。
そこは▲▲さんが周到に準備されていて、「質問カード」が各グループに配られている。
例えば、「具体性を引き出す質問」、「記憶を引き出す質問」、「感情・イメージを引き出す質問」等々。それぞれのカードに質問例が載っている。
これは、ボクがブッククラブの実践で使っていた「質問例集」に近いものを感じた。
http://d.hatena.ne.jp/iwasen/20140121
このカードを手がかりに質問をしていくわけだが、話し手に
「話したいストーリー」
があるので、次々に魅力的なエピソードが飛び出してくる。
ボクは生徒の皆さんのトークについつい引き込まれていった。うっかり質問したくなるくらい。ある生徒が語っていた『遠い町から来た話』は、帰り道で思わずアマゾンで注文してしまったほど引き込まれた。院生の皆さんもやはり参加したくなった!と言っていた。それくらい豊かな学びの場だった。こんなステキな授業を見たのはいつ以来だろう。
中3男子が「オレ、小学校の頃、黒魔女さんシリーズ読んでたんだよ−!」と嬉しそうに語っているのも何ともステキだった。

1時間はあっという間に過ぎていった。
「続きはまた次回」の言葉に「えー!」という声が出たところに、いかにいい時間だったのかがわかる。ボクももう終わりとは信じられない!というぐらい時間が短く感じた。
たった3時間の単元(今日は2時間目)でここまでできることに素直に驚いた。もちろん日頃の授業での積み重ねがあるからこそだろうけれど、その時間で深められるような丁寧な準備。その丁寧さが▲▲さんの実践を支えているのだろう。そしてきっとその準備はとても楽しいはずだ。(ボクもそうだったから 笑。▲▲さんほど丁寧じゃなかったけれど・・・・)
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以下印象に残ったことをざっくばらんに。
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・場の雰囲気がとてもやわらかく、もはやワークショップ。トークショーというフレーム、トーキングスティック(ぬいぐるみ)や、本の紹介用パネル、わざわざゲストの人は一旦退出して拍手で入場、と場を楽しむ仕掛けがふんだん。生徒の皆さんもそのフレームを楽しんでいた。時間が来ると、▲▲さんは「CM入りました-」笑。こういうユーモア、ステキだなあと思う。
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・トーキングスティックを回していってグループのメンバーが交代で質問するというルールになっていたのだが、回していないグループもあった。▲▲さんが「ぬいぐるみいる?どう?」と1回目と2回目の間に問いかけると、「いるー!」「いやされるー」。「じゃあ使おうか」。何気ないやりとりだが、この学習を共同で作っていくという▲▲さんの立ち位置が表れているなあと感じた。「共同修正」は授業はもちろん、学級経営でもキモになるとボクは思っている。一緒に作っていくもの、なんだと考えているからだ。
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・この授業は中学生に限らず、大人も十分楽しみ、深まる授業だ。ボクは「いい学びは年齢を問わない」を信念にしてやってきたが、この授業はまさに!だ。完成度の高い、豊かな学びのワークショップ。授業後▲▲さんに「授業のこだわりはなんですか?」とお聞きしたら、「大人に通用しないことを子どもにやるのは失礼だから、大人にやらないことは子どもにしない」とおっしゃっていた。この共通点は本当にうれしく、そしてそれを高い次元で実現している▲▲さんはすごいと改めて感じた。
▲▲さんはきっと授業を構想するときに「その授業に参加している自分」を見ているのではないか。自分もやりたい学び。だからこそ、生徒の皆さんの様子をあんなに嬉しそうに観察されていたのだろうなあと想像した。「自身を学び手として設定して授業や学級を考える」という視点は、ボクたちにとって一番大切なのかもしれない。
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・4時間目はこの授業の導入だったのだが、ボクもゲストとして生徒の皆さんの前でトークをさせていただいた。すごく緊張して汗が止まらなかったが(笑)、とても楽しい時間だった。話しているうちに「これも聞いてもらいたい」ということが湧き上がってくる自分がおもしろい。「ああこれを話したい」というときにそれを引き出す質問が出てくるか、違う方向に行ってしまうか、ということが起きるということも実感できた。
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・この授業を貫いている問いは、「いい質問(インタビュー)とは?」。この場合いい質問は、どういう質問だろう。①インタビュアーが聞きたいこと ②ゲストが話したいことでは質問が違ってくる。ゲストの主訴を意識して質問を組み立てるのもおもしろそうだ。作戦会議の作戦の方向性を定める感じだろうか。
そしてトークショーというフレームでは「お客さん」がいる。
お客さんを意識するかどうかで質問が変わる。
そのあたりを深めていってもおもしろいなあと感じた。そのためには、例えば、ゲストとインタビュアーがペアでトークショーを行い、他のメンバーは「お客さん」役にしてはどうだろう。金魚鉢の要領だ。インタビュアーにとって「お客さん」の聞きたいことはなんだろう、という視点が生まれて、いい質問についての洞察が深まりそうだ。トークショーをメタに見る視点も生まれる。これはボク自身が、生徒の皆さんの前で渡辺さんにインタビューしたときの実感から生まれたアイデア。観客を意識するとゲストとしてもインタビュアーとしても質問や話すことが変わっていく。その意味ではトークショーという場は豊かな可能性が含まれている。
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・一つだけ欲を言うと、7〜10分という時間はあまりにも短い。これは中学であるという現実的制約上やむを得ないのだろうけれど、もっと長い時間設定にしたいなあと思う。「いい質問とは?」を深めるためには、もう少し質問する機会が必要に感じた。トークショーとしては「いよいよここから」というところで終わってしまう班もあった。
また、時間に余裕があればどこかの班のプロトコルを読んで、生徒自身が質問の機能を分析してもおもしろいなあと思ったが、これは欲張りすぎか。いずれにせよ「語りきる」みたいな時間ができるとホントに幸せだろうし、生徒の皆さん同士のつながりもより生まれただろう。そう、この授業は「本」を媒介に生徒同士がつながり合うデザインの授業でもあったのだ。ああ、やっぱり短くても1人20分はほしいなあ。
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・昼食を取りながら院生の方々の質問にも丁寧に答えてくださり、ただただ感謝。ここには詳しく書かないが、評価の話や、「いらないものを捨てていく」という授業づくりの話、「やらなきゃいけないこと」と「やりたいこと」の関係など、院生の皆さんには今後の支えになる深い話をしてくださった。飾らず本音で話してくださるので、院生も激しくうなづきながら聞いていた。ああ、ありがたいなあと思う。
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・ボクが大学生の頃、東京学芸大学の平野朝久先生は、バスをチャーターして全国の小学校に連れて行ってくださった。「いい子どもの学びをたくさん見ておいてほしいんですよ」とニコニコしておっしゃっていた。ボクはその時が教員としての原体験になっている。「すべての子どもには力がある」「すべての子どもは学びたがっている!」を具体的な姿で知ったことで、自身の信念になった。
今回、▲▲さんの授業を院生と共有できたのは、まさにあのときと同じだ。いい学びを実際に見て体験すること。これ以上の教師教育はもしかしたらないのかもしれないなあと思う。中学志望の院生は、未来の可能性を感じたと思う。ボクも未来を感じた。

院生の方々には、自主ゼミでぜひ実際にやってみて「学習者」を体験してほしい、それによって今日の学びがより深まるはずだ。
こんなにステキな授業を見たのはいつ以来だろう。本当に幸せな1日でした。これからも足繁く通わせていただこうと思います。本当にありがとうございました。

あ、一つ書き忘れましたが、
▲▲さんの授業に「持続可能性」を感じました。
特別なんだけど特別じゃない。
先生の肩に力が入っていないし、無理してない。自然体。
生徒にも過度に要求しない。生徒もまた自然な学びの場。
この自然さと「続けられる感」って今の多くの学校教育の実践にかけているなあと。

そしてなにより、両者の「やりたい!」が詰まっている授業でした。
これが授業の原点だと思うわけです。
▲▲さんの本への愛情を感じました。

「あこがれにあこがれる」ですね、▲▲さん。

引用終わり。
そう、そうなんだ。「あこがれにあこがれる」
子どもが好きで好きでしょうがないモノ(ここでは本)へのあこがれに、教師である自分も寄り添って一緒に伸ばしていくということ。
教師があこがれているモノ(ここでは本)への熱い思いに、子どももつられて好きになっていくということ。
その両方のベクトルが授業を作り、人を育てる営みの根幹となる原理となるのだ!


2015/06/13

「読書感想文」という得体の知れないものを外国人児童に伝えるなら

誰しもがうすうす感じているだろうけど、「読書感想文」のあの文体はきわめて学校文化的なものである。いろいろな「お約束」が内包されている。
そういう「お約束」をマスターした人だけが「読書感想文が上手!」と評価される。
そういう生徒はひょっとしたら「感想文が上手」なのではなくて「学校の、教師の意図を読むのが上手」なだけかも知れないけど……
しかし、そういうお約束を「読む」ことのできない生徒に分かりやすく伝えるためにはどうすればいいのだろうか。たとえば学校にいる外国人生徒に「読書感想文」を説明するとしたら、何を説明すればいいのか。

*******
※以後はフィクションであり、実在の読書感想文コンクールなどとは一切関係ありません。あしからず………

どんな本を読めばいいの?
好きな本を取り上げればいいというものではないよ。そこ重要だから!
「JR時刻表」、「プログラミングの仕方」みたいなマニュアル本も「本」なんだけど、そういうのはふさわしくない。辞書とか百科事典もなし。雑誌も不可。ミステリーも難しいかもね。マンガなんてとんでもない!!! ボーイズラブ系、だめにきまってるでしょ!
絵本……微妙だなあ。あまり薄い本だと手抜きしていると思われるかもね。分厚い本を読むと「頑張ったね」っていってもらえるかもよ。
反対にウィトゲンシュタインの哲学書みたいな背伸びしすぎる本を選んでも「中学生らしくない」って思われるかもね、
課題図書か、国語の教科書に載っているような作家の小説、またはノンフィクション系で「努力すると報われる系」とか、環境問題などの社会問題を扱った本がいいよ。

どんな感想を書けばいいの?
感じたことを何でも書けばいいというわけではないよ。
「この本なげーよ」とか、「外人の登場人物の名前が覚えられない」とか「漢字が多い」というのは感じたことであっても「感想文」には書かないでね。
あくまで、読んで感動したこととか、社会や生き方について考えさせられたことなどを書くべきね。

批判は厳禁
感想文は「肯定的な感想」を書くようにね。
「つまらない」とか「読んだら時間の無駄だった」なんていう本は選んではいけない。
批評家ではないんだから、読んで面白かった本、読んで感銘を受けた本を選ぶように。
普段そういう本を全然読んでなくて、感想文を書くためだけに読んだ本でも、それを「面白かった本」「読んで感銘を受けた本」ということにして書くこと。

読んだら成長しました!
「本を読んだら成長した」っていうことを書くのがおすすめ。
本の内容紹介じゃなくて、本を読んで変わったというあなたの「成長」を書くの。本を読んだくらいで成長できるのか?っていうツッコミはなし!「読書をすると人は成長するものだ」と日本の社会では思われているから。
本を読むまえは……だけど、読んだら……になった。とか、読んでこんなことをしてみました、という「本を読んだあなたの成長物語」を創作できるといいね。
普段そういう本を全然読んでなくて、感想文を書くためだけに読んだ本でも、「それを読んで成長しました」ということにして書くこと。

反社会的なことは書いてはダメ
思春期だからいろいろなことを感じるかも知れないけど、間違ってもそういうことを書いてはダメ。
泥棒をしてみたくなったとか、人を殺したくなったとか……
そういうのは「成長」って言わないよ。そういうことを書いたら、先生が心配しちゃう。
「先生が読んでいる」ということを常に念頭に置いて、大人が安心してくれたり喜んでくれるような成長物語を書くようにね。

あなたの感想の量にかかわらず、文量は決まっている
「感想文の量」は規定で決まっているから、どんどん感じることが出てきても絶対に規定の5枚以内におさめなければいけない。感想がそんなになくても、なんとか5枚に引き延ばして書いてね。
コンクールで入賞したいなら5枚の最後の行まで書くこと。そうしないといくら内容が立派でも、文量が足りていないと評価されないから。
なぜ5枚なのかって??? そんなの先生に聞かないで。知らない。

「読書感想文」は誰に向けて書くの?
実際に読むのは学校の先生とコンクールの審査員です。
でも「審査員さん読んでください!」ってあからさまに書いたらNG.
中学生が誰も読まなくっても、建前は同じ世代に向けて書くものなのです。


……ってね、そんなホンネを子どもには伝えられません。ひねくれた大人になっちゃうかもしれないから。

2015/06/06

班ノートでリレー小説、ミニ読書タイム

今年の三年生の授業から毎時間、帯取りで班ノートと読書タイムの実践を行っている。

基本的なルールは次の通り。
・授業開始10分程度で。
・六人班で輪番でノートを回してテーマを決めて作文を書く。
・他の人は読書タイム。(好きな本を読む)
つまり同一時間帯に、読書をする生徒と班ノートを書く生徒の二パターンが存在することになる。

班ノートの活用
班ノートのテーマは自由。
しかし班員が一周するまでにはテーマを変えてはいけないという縛りがある。
まだ始まって日が浅いけれど、生徒達は次にようなテーマを選択していた。
○自己紹介、好きなもの系
私の趣味
私の好きな芸能人
私の好きなラーメン
班員紹介(他己紹介で次の人を紹介する)

○リレー小説系
学園恋愛小説
学園いじめ小説
ミステリー「○組○班殺人事件」(自分の班を舞台にしたミステリー)
リレーキーワード小説(次の人にキーワードを設定してそのお題で話をつないでいく)
恋愛小説

次の人にキーワードを指定する

学園ミステリー

もちろん一番盛り上がったのがリレー小説だ。
前の文脈を受け継ぎつつ、自分の番でどう話をひねっていくかに全力を傾注していく。そして次の人に上手くつながるように書き終える。
みんなで一つの文章を書くというのは簡単なようでなかなか難しい。でも「連句」のように、テキストが次々に解釈され、新しく生まれ変わっていくのはとてもスリリング!
なんと言っても,こういう形で日常的に書き手を育てる活動となるのは面白い。「表現の出口」が常に設定されていることで、「次はどうやって書こてみようか」という気にもなるから。
「書き手」として育てば、小説の読み方も自ずと変わってくるだろう。
早速国語の授業以外でも話題になるくらいのちょっとしたブームを巻き起こしている。
なお、文量は国語ノート半分以上をノルマとして、余ったスペースは班員がどんどんツッコミなどを書き込むようにさせた。10分で書きあがらなかった場合は、次の日の朝までに提出するようにさせた。
この実践は国語の作文指導と言うよりはむしろ学級作りの側面の方が大きいかも知れない。
文学という虚構を共に作り上げて行く楽しみ。リレー小説を通して引き出されるそれぞれの個性を味わうことなど。国語科の枠に留まらずになかなか面白い展開を見せている。


読書タイムの効用
貴重な授業時間を「ただ本を読むだけ」に使うのは無駄ではないのか?
そう感じてしまうかも知れない。
「読解は授業で」「読書は家で」というのがこれまでの常識だったからだ。
私も去年まではその認識だった。
しかし、ある友人から「読書は家で」って言っても、それで、本当に読書生活を育てているといえるのか、読むようになっているのか? むしろ教室の中でこそ読書をさせるべきなのではないか、という問題提起をいただいたのだ。
つまり、「畳の上の水練」と一緒で、十分に海で泳がせずに、「水泳の仕方」を教えているだけなのではないかという反省だ。
「そんなことはない!」とそのときは反発したくなった。
しかし、その後、生徒にアンケートを取った結果、予想通りというか、私の不安は的中した。
多くの中学生にとっては、「読書は嫌いじゃないけど、忙しくてしていられない」と感じるの回答がほとんどだったのだ。塾などで生活時間が押しつぶされてしまっているのだ。
このまま放置していたら、読書の楽しみを感じないままに大人になってしまう!
この結果を見て、生徒達のために、一日10分だけでも読書を親しむ生活を日常化させようと決断をした。
そういう経緯から、毎時間「ミニ読書タイム」を設定するに至った。
たった十分だけれども,この読書生活が根付くことで
・本を読む習慣 だけでなく
・本を選ぶ習慣
・本について語り合う習慣
なども身についてくれるだろう。
今のところは「好きなものを読む」時間となっているが、そのうちにテーマ読書に取り組んだり、ビブリオバトルなどの読書活動と関連させて取り組んだりと活用していきたいと考えている。
また、10分間継続して取り組んだ読書から、どのようなことを身につけていったのか振り返ったり交流する機会も設定していきたい。
そういう、読書活動に割けるフレキシブルな時間を設定した意味は小さくないと感じている。


2015/05/23

わが自炊作法

最近はどうも視力が落ちてきて、文庫本などの細かい字の本を長い時間読むことがついにできなくなった。
しかし年々読みたい本、読むべき本は増えつつある。
そこで苦肉の策で自炊を断行することにした。
まだ自炊ビギナーだけれども、現時点での試行錯誤の様子を報告したい。

1 何が必要か
・パソコン
読み込む際に使う。

・タブレット
パソコンでも読めるが、電子書籍はタブレットと相性がいい。
ちなみに私はiPadairで閲覧している。
本を読むときのソフトはi文庫がお気に入り。
他の端末でももちろんありだろう。(電子書籍専用の端末もあるそうだけど、まだそちらには手を出していない。ちなみにKindleの端末は、PDFの拡大ができないので私にとってはNG)

・スキャナー
私が愛用しているのはScansnap s1300i」という機種。
もっと高いものもあるらしい。
これは今後どんどんいいのが出てくるでしょう。

・ディスクカッター
本を裁断するために使う。
オルファ ロータリーカッターLL型 136B というのを使っている。
これも学校にあるようなごっつい裁断機でもいいんだけれども家庭用だったらこれで十分満足している。

・カッティングボード
本がおけるくらいの大きさであれば何でもよい。

・定規
カットするときに使う。

2、自炊の手順
①本をカッターで切るために、細分化する。
いっぺんには切りにくいので、ページをひっぱりながらめくり、カッターで100ページくらずつにばらしていく。

本を分解



このように3つに分けた
②ページを裁断する

いうまでもなく、この段階が最も神経を使う。
失敗したら取り返しのつかないことになる。
初めのうちはうまく切れなかったり、切る位置を失敗したりした。
すこしずつ裁断していけばそれほど難しくはないが、まずはいらなくなった本などで裁断を試してみることをおすすめする。

いよいろ裁断。緊張の瞬間!

表紙も切り取る
③スキャンスナップで読み込み
これも何回かに分けて読み込んでいく。
結構重要なのが、スキャンの読み込み設定だ。
読み込む前にある程度方針を決めておかないと、後でスキャンし直す羽目になるので慎重に検討しよう。
おもに検討するべきことは、読み込む画質とカラーモード。
画質が低いと見づらいし、高いとデータ量が増える。
カラーモードは読みやすさに影響する。
ちなみに私は次のような設定で保存している。

画質:スーパーファイン
カラーモード:白黒
読み取り面:両面読み取り
ファイル形式:PDF
原稿サイズ:サイズ自動検出
その他:白紙削除、向き補正

カラーモードを白黒にしたのは、ページによって茶色だったり白だったりと変わって認識される可能性があり、読みにくくなってしまうからだ。表紙が白黒になってしまうのは残念だが、いちいち分けてスキャンするのも面倒なので我慢している。
カラーページが多い本は当然カラーモードで読み込むようにすべきだろう。

どんどん読み込まれていく。かなりハイスピード!

④パソコンに読み込み
スキャンし終わると、自動的にパソコン内にPDFデータが保存される。
このときにテキスト認識できるようにしてくれるので、後で検索したりコピーするときにとても便利になる。(スキャンスナップのソフトで自動で処理される)

⑤PDFデータをクラウドにあげる
デジタル化したデータは、ドロップボックスとかグーグルドライブとかにアップロードする。
(これもスキャンスナップのソフトでできる)
このようにドロップボックスに送り込める

⑥i文庫からクラウドにアクセスしてiPad内で読めるようにする。
i文庫ではドロップボックスやグーグルドライブなどのクラウドにアクセスできるので、そこからファイルを読み込み、ダウンロードすることでiPadで読むことができるようになる。
iPadに読み込まれていく。表紙が白黒なのが残念。

i文庫で読むとこんな感じ。かなり鮮明でしょ。ページ送りもスムーズ。
やっぱり紙の本がいい!という人には決してお勧めできないけれど、自炊による電子書籍の読書は、私に次のようなメリットをもたらしてくれた。
・細かい字の本も読めるようになった
・通勤電車などで、重い本を開く苦労から解放された
・本棚がすっきしした(これは今後見込まれるメリット)
・いつでも、どこでもタブレットさえあれば、さまざまな本を持ち歩き、それを読む楽しみを与えてくれた。
などなど。
興味がある人はぜひお試しあれ。
(もっといい方法を知ってるよという人は教えてください)


2015/03/20

宮澤賢治読書会〜iPad×青空文庫×Post-itアプリで読書会の試み〜

本年度最後の授業は宮澤賢治作品の読書会に挑戦した。


1、下読み
(1)事前に次の四作品を課題本として下読みしてもらう。
『銀河鉄道の夜』
『風の又三郎』
『セロ弾きのゴーシュ』
『注文の多い料理店』
※青空文庫のURLを示し、本を持っていない生徒でもネットで読めるように情報提供した。

(2)定期テストで読書問題を出題。
確実に読んでもらえるように、定期テストで簡単なサービス問題を出題。
一読すれば必ず答えられるような問題を出題した。
(Wikipediaなどのあらすじをみるだけでは解けないような問題にした)

2、読書会の流れ
読書会が2時間。読書ボード制作が2時間。

(1時間目)読書会の準備
まず、全員にiPadを配布。
iPadアプリ「I文庫」を用いて、課題となっている四作品をあらためて読む時間を取った。
感想や疑問をカードに書き出していった。
※書き出した感想カードは、iPadの神アプリ、「Post-itplus」で簡単にスキャンすることができる。
このソフトを使うと、びっくりするくらいに簡単に一気に電子化できる。おすすめ。(ちなみに、全員にPost-itを与えるともったいないので正方形のカードを代用)
正方形のカードを写真に撮ると

あっという間にスキャン&グループ化!

感想を書き上げた段階で、グループになり、次回の読書会で取り上げる作品を一つにしぼる。
ここまでで一時間の授業は終了。

(2時間目)読書会
読書会の趣旨を説明し、読書会のゴールとして「読書ボード」を協働で制作することを伝えた。

※「読書ボード」は高校の「読書甲子園」で取り組まれているもの。
 ※今回の即初回では、読書ボードに入れる内容として以下を指定した。
  ・本(作品名)
  ・キャッチコピー
  ・「謎」+「私たちはこう読んだ」
  ・作品の言葉(名場面、名台詞など)
  ・作品の魅力

・iPadアプリ「Post-itplus」を開き、前時(1)で書き出した学年の生徒全員の感想コメントを読む。

・個人で話し合いの準備
 印象に残った言葉
 作品の「謎」+「私はこう読む」
を、どんどん模造紙に書き込んでいく。(10分程度)

・グループで読書会
 印象に残った言葉の紹介
 それぞれから出た「謎」についてわいわいと話し合う
 魅力やキャッチコピーなども話し合う

テーブル上に模造紙を広げ、メモや発言内容などはどんどん書き込ませた。

iPadアプリ「I文庫」のよいところは検索機能があることだ。
登場人物の登場場所や、気になった言葉などはすぐに検索。
検索しながら読んでいくと、新たな発見へとつながっていった。

『風の又三郎』の「赤」に注目してみると意外な発見がっ!!

(3・4時間目)読書ボードの作成
模造紙を1/4に切った用紙を配布し、各グループで読書ボードの作成に取り組ませた。
ネットで調べれば「読書ボード」の作品例がたくさん見つかるので、それらを参考にしてもよいと伝えた。
色紙などを用意しておき、利用できるようにした。


この読書会は賢治の作品の力のおかげという要素がかなり大きかったと思う。
謎めいた展開、愛らしいキャラクターなど、アニメや映画など、様々なジャンルに今でもインスピレーションを与え続ける賢治作品であったからこそ、答えのない読書会の話し合いに興じることができたし、「読書ボード」のビジュアル化でも楽しむことができたのではないかと思う。


 



2015/02/24

「あしながおじさん的読書生活」あるいは「マレビト読書」

1、「こんな本読みたい」というリクエストを、こっそり掲示板に貼る。(神社の絵馬のイメージ??)
2、それを見た人が「この本読んでみたらどうですか」と、匿名で本を紹介or貸してあげる。(「貸金庫」「私書箱」のように、本を置くスペースを図書室内に用意しておく)
3、一週間後、それを読んだ人が感想をカードに書いて本に挟み、こっそり元の場所に戻す。

2015/02/21

電子書籍の意外な効用

定期テストに読書課題を出した。
宮澤賢治の作品『注文の多い料理店』『セロ弾きのゴーシュ』『風の又三郎』そして『銀貨鉄道の夜』を読んでおく課題を事前にだし、そこから出題するという形式。(この課題は長期休業中に課しておいたもの)
それで今、あらためて賢治の作品を読み返している。読んでいるのはi文庫HDというアプリ。
この手のツールはあまり活用していないんだけど、使ってみて感じる効用がいくつかある。
その一つは、「終わりがいつか分からない」という点だ。
紙の本だったら、本の厚みで「もうすぐ終わりだな」というのが分かってくる。しかし電子書籍だとそれが分からないので、どこまでこの話が続くかどきどきしながら読み進めることができる。
もう一つ、「読み上げ機能」を使った読書。i文庫では音声で読み上げる機能がついている。そこで、この「読み上げ機能」をつかって、読み上げる機械の音声を聞きながら読み進めている。(授業で教師の範読を聴いているのと同じ?) 
多少読み間違いはあるが、慣れてくるとかなり速いペースで読むことができる。飽きっぽい私には、集中して速読できる機能として活用している。

2014/10/16

アマゾンの「五つ星レビュー」で「感想」から「批評」への脱皮を。

昨日から「走れメロス」の鑑賞の授業をスタートさせている。
通読して設定を確認した後、200字で、いわゆる「初発の感想」を書かせたんだけど、そこで一工夫。Amazonのレビューのように、五つ星をつけてもらい、それにコメントするという活動にした。
実際の「走れメロス」のAmazon上のレビューはこちら。
ちょっとした違いなんだけど書き方を変えることで「読後の感想」から「読み手を意識した作品批評」へとモードが明らかに変わっているのを感じる。星をいくつに設定するかという「迷い」が、その人なりの作品評価を含んだ読みに仕向けることができたのだろう。
もちろん、一読した後のコメントだから、不十分な読みも散見される。しかし、その不十分なコメントだからこそ、かえってお互いの読みを刺激するものとなっている。
今日の授業では、お互いの五つ星コメントを交流しあった後、さらに実際のAmazon上での「走れメロス」のレビューもみんなで読んでいった。
高校生が書いたレビューや、中学生時代に読んで、大人になってから読み返した人が書いたレビュー、穏当な評価と過激な評価など、さまざまな観点があってとても面白い。一つの作品でもこれだけ評価が分かれる問題作なんだと言うことを、Amazonのレビューを読み合うことで気づくことができたと思う、

2014/10/04

本を売らない本屋、本を貸さない図書館

最近は忙しくてすっかりご無沙汰してしまっているが、千葉市で勤めている間は、よく町の小さな本屋で開かれているこぢんまりした読書会に毎月顔を出していた。
その読書会の会場を提供している書店主のAさんはいつもこう言っていた。
「この本、図書館で探してみてくださいね……皆さんもっと図書館使ってくださいね」
本屋なのに、全く本を売ろうとしない「やる気がない」本屋さんなのだ。
正確にいえば、本を売るけど本を売る以外に本と出合うことを大切にしている。
そんな書店主のAさんを心から尊敬していることは言うまでもない。
一方、最近立て替えている千葉大の図書館。どんどん面白くなっている。「ラーニングコモンズ」としてかなりユニークな空間に変貌しつつある。
飲食、雑談、パソコンも可。書斎のような研究スペースも、わいわいグループで雑談するゾーンもある。アイパッドやノートパソコンも貸してくれる。ちょっとしたステージのようなものも。そしてなんと、本屋まで併設している???
ひとことでいえば「本を貸さない図書館」? これは言い過ぎだ。本を貸すんだけど、正確にいえば、本は貸すけど、本と出合う場を作り上げている図書館。
そんな千葉大の図書館、身近すぎてそれを実感しなかったけど、こういう大学図書館はなかなかないものみたいだ。増えてきているようだけど。

2014/09/19

「読書コミュニティ」としての学級づくり~広がる多様な「ネットワーク」、豊かに深まる「コミュニティー」の形成を目指して~

1 「コミュニティ」としての学級

 学級は、多様性の尊重された「コミュニティ」であるべきだと考えている。コミュニティは多様なネットワークでコミュニケーションを交わし合うことを通して、お互いに認め合い、支え合う共同体のことである。クラスの多様な個性がつながり合う中で、認め合い、伸ばしあう学級が理想である。
 私の学級担任としての思いは「個を伸ばすコミュニティづくり」という一言に尽きる。
 とくに、中学生という思春期の段階の生徒は、ややもすれば集団の中に埋没し、できるだけ目立たず、周りにあわせ、自分の個性を消そうとする傾向があるのではないだろうか。
 「個」を伸ばしあい、「違いを認め合う」関係性の構築こそが学級の理想である。そのために、特に中学校では学級づくりにおいて、子どもたちどうしの「ネットワーク」が自然に広がり、コミュニケーションが豊かに交わされ、「コミュニティ」が深まっていく環境づくりや機会を意図的に設定する必要がある。

2 「読書コミュニティ」の意義
 
 近年「読書コミュニティ」という言葉が聞かれるようになった。本への愛着や読書活動を通して、人と人のネットワークを築き、関係を深める社会的実践である。読書活動によって大人とつながり、地域とつながり、そして世界へとつながっていく取り組みである。「読書コミュニティ」の実践では、本を数多く読んだかと言うことよりは、本を通してどのように社会に参加していくか、どのように他者とコミュニケーションをしていくかという点に重点が置かれる。この「読書コミュニティ」の発想は、小さな社会ともいえる学級においても有効な視点である。本の持つ力、読書活動の持つ効果を通して、クラスの中の人と人とを結びつけていくのである。


本を通して世界と出会う―中高生からの読書コミュニティづくり (シリーズ読書コミュニティのデザイン)



3 学級づくりとしての読書活動の視点

 「個」を伸ばしあい、「違いを認め合う」関係性の形成に、読書活動はどのように関わっていくのだろうか。
 読書は本来、「個」で行うものだ。読書の傾向は人それぞれであるし、同じ本を読んでも全員が同じ感じ方をすることはほとんどない。しかし、このような「個」の多様性が生かされる読書という特質こそが、「個を伸ばすコミュニティ」づくりに生かされるのである。
 そのような「個を伸ばす」学級づくりを進めるためには、読書活動において、教師が次のような視点を持っていることが必要だと思われる。

A 興味・関心を重視する
 一人ひとりの興味や関心をできるだけ重視し、それが反映されるような読書活動にする。

B 違いを鮮明にする
 読書の傾向や感想は人それぞれである。それぞれの違いが鮮明になる活動を取り上げる。

C 交流し、認め合う活動をする
 読書を通して得られた感じ方を、さまざまな手段で交流し、認め合う活動を行う。

 Aの興味・関心を重視すること、「個」の思いから出発することは読書活動において重要な視点である。どんな生徒も意欲的に取り組むことができるような学習の場づくりや個に応じた支援が必要だ。読書活動に関して教師の思いが強すぎるあまり、生徒の興味や関心を無視するような活動になってしまわないように気をつけたいものである。
 Bの違いを鮮明にするという点は「個」を伸ばしあうために欠かすことのできないポイントである。それぞれの好みの違い、価値観の違い、感想や解釈の違いをまとめてしまうのではなく、むしろ個の違いを鮮明にし、違いを楽しむような読書活動にするのである。 
 Cの交流し、認め合う活動を、教師が意図的に取り上げ、工夫していくことも重要である。クラスのメンバーで、とくに普段関わりの少ない人とでも自然に関われ、コミュニケーションが生まれるような交流の場を読書活動の中で効果的に設定することが重要だろう。

2014/09/14

ネット書店、大型書店、古書店の楽しみ方

ネット書店(Amazonなど)
【ポイント 買いたい本を安くゲットせよ】
・読みたい本を確実にゲットできる。
・レビューを読める。レコメンド機能がある。
・中古本を安く手に入れられる。
→しかし、自分のほしい情報以外には目が向きにくく、視野が狭くなるというデメリットも。

大型書店(池袋ジュンク堂や、神保町三省堂、新宿紀伊國屋、東京八重洲ブックセンターなど)
【ポイント 流行の本、異分野の本をキャッチせよ!】
・売れ筋の本を見て、時代の潮流をキャッチできる。
・自分の興味のない棚でも眺めているだけで発想が刺激される。
→古すぎる本、売れていないマイナーな本は見つからないかも。

古書店(神田神保町古書店街など)
【ポイント 古書との一期一会の出会いの場。本が「俺を読んでくれ」と語りかけてきたら、躊躇せずに買うべし】
・こんな本あるんだとか、懐かしいー、という発見がある。
・書店主のこだわりによっては、古かったり、マイナーな本でも価値の高い本がさりげなく置いてあったりする。
・分野別にコレクションされた専門的な本を入手できる。
・誰かが一度は買い、さらには古書店主が買っているので、2重のキュレーションが加えられている。それなりの価値があるものと出会える可能性が高い。
→古書店街は、「中古の本を安く買う場所」ではない。ピンポイントに本を探してもまず見つからないことが多い。むしろ、予想外の出会いを期待しにいく場所である。

2014/09/12

ビブリオバトルのよさは、対話型プレゼンテーション

私が取り組んでいるビブリオバトルでは、5人グループになり、一人3分の持ち時間で本を紹介しあっていく。
この3分間は、プレゼン&質疑応答で構成されている。(確か、本家は質疑応答とは言わずにディスカッションをするとしている)

で、間違いなく面白いのが、後半の質疑応答の時間だ。
はじめの紹介プレゼンは、1分~2分もあれば終わってしまう。そこから、余った時間をどうしようかと聞き手が考え出すのだ。

事前に私はこう伝えている。
「プレゼンは3分もかからない。だから、残りの時間で、聞き手が本の魅力を引き出せるように、質問をしてどんどん盛り上げないと! この残りの時間がとても重要なんだよ!」
それでも、はじめのうちは聞き手も、何を質問したらよいか時間をもてあましているグループもあった。しかし、場数をこなしていくうちにそれも要領を得て、質問が続いて盛り上がるようになってきた。
本を紹介するスピーチだけだと、紹介者は事前に用意してきた内容を、原稿の棒読みをするように紹介する生徒も出てしまう。しかし、質問に対してその場で応えていくことで、紹介したい本への愛情があふれた、生き生きとした反応を見せることができる。そしてそのほうが、周到に用意したプレゼンテーションなんかよりも、ずっと聞き手の心に届くものなのだ。対話によって、新たに魅力が引き出されていったのだ。
ビブリオバトルに質疑応答を交わし合う対話型プレゼンテーションの学習活動の可能性を見た。

2014/09/10

ビブリオバトル文学決戦 ふりかえり

ビブリオバトル二回目。
今回は文学(小説、随筆、詩など)に限定してバトルを行った。
夏休み前に一度取り組んでいるので、一通りの流れなどは定着してきているが、やはり取り組んでみていろいろ難しい面があると感じた。

1 文学作品の魅力を説明することはなかなか難しい。
前回は理科系の本を紹介するビブリオバトルだったんだけど、理科系のよりも小説などの紹介をする方が難しかったようだ。
あらすじをネタバレしない程度に伝えることはできても、それがなぜ、どのように魅力的なのかを伝えることはなかなか難しい。(大人だって難しいだろう)
笑いあり涙ありです! 感動です! って言っても、何がどうそう感じられるのかが分かりづらい。
理科系の本の時は、一人四分で紹介&質疑応答としていたが、とても四分間は持たない。途中から三分に短縮してやっと間延びせずに取り組ませることができた。
次回取り組むさいは、ナンバリング&ラベリングなどを活用して、いくつか観点やポイントを整理させてプレゼンをさせるほうが、より分析的に、伝わりやすいプレゼンができるかもしれない。

2 文学作品を味わう語彙が必要
1と同じだけれども、面白い! 泣ける! 以外の、文学作品を味わう表現や語彙のようなものになじむ必要があるかもしれない。
たとえば、効果的に作品の魅力が伝わっているブックガイドの文章を例示したり、ダビンチなどの雑誌や、文学コンクールの選評コメントなどを提示し、どのような言葉で文学作品の良さを語っているか、どのように語れば、作品の良さがより効果的に伝わるかを吟味させるとよいかもしれない。
生徒が選んだ同じ本を、大人が紹介したビブリオバトルの動画を提示するのも良さそうだ。
もちろん、これらの語彙を獲得するということは、文学をより深く味わう力にもつながってくるはずだろう。

2014/09/08

文学作品の王道パターンを学ぶ~「夏の葬列」の授業№2

「夏の葬列」の授業の2回目。
授業の基本的なコンセプトは、小説を書き方をつかむために読む、である。
今日は作品全体を俯瞰して構成をとらえる学習を行った。

1、「箱書き」を書く
箱書きとは、小説作品のプロットを流れに沿って書き出すものである。
小説を創作する際には、設計図のような箱書きを書いてから、原稿を書き始めることがあるという。

「小説を書くための基礎メソッド」の方法を参考に、次の観点でまとめていく。

①時間
②場所
③人物
④出来事

たとえば、シーン1(大段落の1つめ)は以下の内容になる。

シーン1
①時間:現代
②場所:海岸の小さな町の駅→アーケード→踏切→芋畑
③人物:彼・葬列の人
④出来事:出張帰りに、かつて疎開した町を再訪した。
葬列を見かけ、昔の出来事を思い出す。
このシーン1を学級全体で取り組んだ後で、4人グループになり、残りの4つの場面を整理していった。

◆活動をしてみて
最初は15分くらいでできるかなと甘く見ていたが、予想以上に時間がかかった。
結局、倍の30分くらいかかってようやく7~8割の生徒ができるという結果になった。
どうやら、場面の出来事を2~3行くらいで短い言葉でまとめることに苦心していたようだ。
要約文と考えると、どうしても思い切ってそぎ落とすという感覚にはなれない。
あれこれと盛り込んでいくうちに、5行、10行と記述が増えていってしまう傾向がみられた。
この箱書きの場合は、内容を削ってまとめるというよりも、内容の趣旨を短く言い換えるというタイプの要約になる。そのため、適切に要旨を理解していないと、一言で言い換えることはなかなか難しい。ましてや、一度しか読んだことのない文章であったから、生徒にとっては難易度の高い学習だったのだろう。
あるいは、たとえば「○○○が………する」のようなフォーマットを示した方が取り組みやすかったかもしれない。

箱書きが書けた生徒のトートを、iPadで撮影、スクリーンに写しつつ全体で共有していった。

2、文学作品の王道パターンについて知る
内容のあらましを整理した後に、効果的に文学作品を表現している技法としての3つのポイントについて説明をした。

○王道の展開パターン
 物語は「冒頭」「発端」「山場」「頂点(クライマックス)」「結末」という「起承転結」の王道パターンがある。
 中盤よりもやや後半部分に(水戸黄門で言えば45分に??)クライマックスが訪れる構成が、読み手にとって一番気持ちがいい。
 またクライマックスでは主人公に一番大きな変化が訪れるという特徴もある、
 夏の葬列のクライマックスは、葬列がヒロ子さんのお母さんのものだったと知って現実に直面させられる、場面4の最後の部分である。

○ストーリーとプロットの違い
 ストーリーは、出来事を時間順に並べたもの
 プロットは、物語を語られた順に出来事を再構成したもの
 (プロットには作者の意図が含まれるので、時系列がゆがんでいる作品はその意図や効果を考えることが必要となる。)

○ミステリー(謎)によく見られる、「Aは、実は、B」という構造
 「夏の葬列」だと
 平凡なサラリーマンである彼だが、実は、子ども時代にヒロ子さんを死なせているという暗い過去を持っている。
 ヒロ子さんのお葬式だと思っていたが、実は、ヒロ子さんのお母さんの葬式だった。
 ほかにももっとたくさんあるだろう。

 実は……のパターンは、キャラクター設定などでも活用されている汎用性の高いパターンでもある。
 クライマックスには「実は……」の部分があらわになり、ミステリー(謎)が解決するというパターンがとても多い。

 これらの、「文学作品の王道パターン」をある程度念頭に置いて。小説を味わったり創作させていくとより効果的に学習を進めていくことができると考える。

全般的に今日の授業は内容を詰め込みすぎ、やや後半の解説がしゃべりすぎの学習になってしまった。しっかり学んでほしいことが定着できているか、やや不安だ。

2014/09/05

作り手の立場にたって読む文学の学習は可能か? 〜「夏の葬列」授業記録 №1〜


「演劇で照明をやったことのある子は、人の舞台を見るときも、自然と照明の素晴らしさに目が行くようになる」とは、同僚の先生の言葉だ。
作り手の立場にたつことで、受け手としての見方も磨かれる。これには共感できる。
作り他の立場に立ってみることは、作品をより深く感受し、豊かに味わうことと矛盾しないだろう。

たとえばこれが文学の場合はどうか?
文学を味わうとき、作り手の立場にたって読み解く学習をしたとして、これが同様に成り立つだろうか?
作り手の立場にたって読む読み方は、文学作品を享受するときの感動を否定する活動になるのだろうか?
こんな問題意識から、文学の学習をスタートさせた。

今日から「夏の葬列」を読み進めていく。
提案内容は、「創作」と「読解」をつなぐ学習活動
小説を読みながら、「表現の仕掛け」を読み取り、読み取った「表現の仕掛け」を小説の創作にも生かしていこうという学習。

単元の主な学習の流れは次の通り
1、(一斉指導)「夏の葬列」の表現の仕掛けを分析する。
2、(秋休み中課題)各自で小説の表現の仕掛けを調べる。
3、(グループ課題)「空中ブランコ乗りのキキ」「麦わら帽子」(その他未定)のテキストから一つ選び、表現の仕掛けを分析する。
4、短編小説の構想を練る。創作は冬休み?

表現の仕掛けの視点は次の通りだ
・構成(ストーリーとプロット、クライマックスなど)
・登場人物(キャラクター設定)
・描写・レトリック
など。ちょっと本を読んで調べたけれども、まだまだ山のようにあるみたい。
これらの「表現の技巧」をいかに絞り込んで生徒に学ばせていくかが課題。
羅列して伝えても意味は無いし。
このへんの小説の構造やディティールを味わう視点のようなものを、適度に教え込みすぎない程度に伝授しつつ、子どもたちが自力で見いだしていくような学習にしていきたいと考えている。




一時間目 「夏の葬列」を読む
今日は「夏の葬列」を読む最初の授業だった。
次のような授業を行った。
1 文学(小説)の読み方を思い出す。
 今まで学習してきた、または読書生活の中で身につけ、意識してきた小説の読み方をシェアしていった。
 ○次のような意見が出た。
  登場人物の人間関係を掴む。
  登場人物の心情を理解する
  登場人物になりきって読む
  情景を読み取る
  比喩や暗示しているものが何かを考える
  クライマックスにつながる「伏線」をつかむ

2 冒頭を読む
 つぎに、「夏の葬列」の冒頭の段落だけをプリントしたものを与え、そこから何が読み取れるか、どんな話になりそうかを考えていった。
提示した冒頭の文章
 海岸の小さな町の駅に降りて、彼は、しばらくは物珍しげに辺りを眺めていた。アーケードのついた明るいマーケット風の通りができ、その道路も、硬く舗装されてしまっている。はだしのまま、砂利の多いこの道を駆けて通学させられた小学校の頃の自分を、急に生々しく思い出した。あれは戦争の末期だった。彼はいわゆる疎開児童としてこの町にまる三ヶ月ほど住んでいたのだった。
 ーーあれ以来、おれは一度もこの町を訪ねたことがない。その自分が、今は大学を出、就職をし、一人前の出張帰りのサラリーマンとして、この町に来ている……。
 東京には、明日までに帰ればよかった。に三時間は十分にぶらぶらできる時間がある。彼は駅の売店でたばこを買い、それに火を付けてると、ゆっくりと歩き出した。

 ○教科書ではたった十行に満たない文量だけども、なかなか面白い意見が出た。
  次のとおり。

  • 時代は1960年くらい?
  • 場所は海岸沿いの街
  • 戦争時代の話が出てくるのでは?
  • 彼はもう大人になっている。
  • 「たばこを買い」とあえて書いてあるところから、大人になってやっとたばこを 吸える年齢になったということを表しているのかも。
  • 「通学させられた」とか「なまなましく思い出す」ってあるから、あまり学校時代にいい思い出がなかったのかも。
  • たった三ヶ月しかいなかったところに、あえて再び訪れるというのは何か深いわけがあるのかもしれない。

作者にとっての冒頭の効果は、いうまでもなく二つ。
読者を作品世界に惹きつけることと、作品の設定を伝えるということだ。
この二つを目的に、作者は十分に配慮して気合いを入れて書くのが冒頭である。
読むときにはそれを念頭に入れて、冒頭で、どうやって読者を惹きつける工夫をしているか、どうやって設定を伝えようとしてるかを読み取る学習ができるだろう。

3、教師の範読を聞く

4、設定を確認する
 作品を理解する大前提としての設定を確認していった。
 時間 戦争中と戦後
 場所 海岸の小さな町
 人物 彼・ヒロ子さん・ヒロ子さんの母・葬列に参加している人(子ども)

5、初発の感想を書く
 7〜10分程度で200字の感想を書き、残りの時間はそれをお互いに読み合った。


2014/07/24

本を薦める教師になりたい

高校時代、大好きだった国語の先生に、
「君たちは死ぬまでに『源氏物語』と『史記』を読みなさい。現代語訳でもいいが、原文の方が圧倒的に面白い」と卒業間際に言われた。
そこまで迫力を込めて言われると、この歳になっても忘れないものだ。
私もそれくらいの気迫で、何かの一冊を生徒に薦められるだけの人間になりたい。
あっ、でも、その前に『源氏』も『史記』も読んでおかないと。死ぬまでには読みたいが。

……という話題をフェイスブックに投稿したら、さっそく友人からこんな本を紹介された。
史記列伝の韓非子や、項羽本記、
原文だったら『新釈漢文体系』
中島敦『李陵』
パールバック『大地』
スタインベック『怒りの葡萄』
曹雪芹の『紅楼夢』
ちなみに私が好きなのは、武田泰淳『司馬遷ー史記の世界』
いやあ、中国モノは熱い! 久しぶりに読んでみたくなった。

・・・・・・・・・・

四月当初、ヘッセを愛読していると言っていた生徒に『デミアン』を紹介したらすっかりはまってくれたらしく、会うたびに選書の相談をしてくれる。
今日は『ファウスト』か、『カラマーゾフ』か、どちらがいいか、迷ってるらしい。なんでも、夏休み開けのビブリオバトル文学決戦で、どちらかの本でエントリーしたいらしい。これもビブリオバトルの効果か?
しかし……デミアンからファウスト、カラマーゾフはいくらなんでもは飛びすぎだろう……まずは『罪と罰』読んだら?と紹介させていただいた。
げに、先達はあらまほしきことなり。
罪と罰も、ファウストも、何度も挫折して、やっと大学時代に通読したことを隠しているのは言うまでもない。

国語で古典と言うと、決まって源氏だ、枕だ、というのが不思議で仕方が無い。なぜ日本の古典に限定するのか?
そんな偏狭な「古典教育」で、世界の古典的作品に触れる機会がどれだけ生まれるのだろう?
それでも、知的関心が高い生徒は自分から古典の価値を見出し、読もうとしている。
もちろん彼らには、日本も世界もない。
ギリシャ神話、聖書、ドストエフスキーなど、そういう類の本を背伸びしても読みたくなる中高生が必ずいる。そんな彼らの意欲を後押しすることはできないだろうか?

本を、しかも、一生で何度も読み返し、味わうことのできる作品を薦められる教師になりたい。そして世代を超えて、一つの作品について語り合いたい。
そんなことのできる作品は、やはり、日本に限らず世界の古典的な作品しかないだろう。

2014/07/22

正しい斜め読みの作法

正直に告白すると、持っている本の三分の一もまともには読んでいないだろう。
だが、ちょっとしたコツで読んだことにしてしまう秘策がある。
斜め読みという技である。
斜め読みなんて、何と無く、不真面目で手抜きかもしれないので、おおっぴらには言いづらいことだったけどが、先日、ある。超読書家の方も私と同じような読み方をしているときいて、これでよかったんだ!と安堵し、公開に踏み切ることを決断したのである。

正しい斜め読みの作法
1、本の紹介文、作者のプロフィールをじっくりよむ。時間があればWikipediaなどで調べる。Amazonやブクログなどのレビューも目を通す。(あてにならないことが多いが読者のリアクションとしての意味はある)

2、前書き、あとがきをじっくりよむ。
(その本のウリや、要約が書かれていることが多い)

3、目次に目を通して、だいたいの内容や全体のトーン、主張を類推する。索引や参考文献が紹介されていれば、それが文章のキーワードになるし、文章の根拠や系譜を知るために役立つ。

4、とりあえずページを始めから最後まで全めくりする。
(ここが斜め読みの核心。面倒だけど全てのページを見る。大変だけど、ものの10分でしよ。
こうすることで全体の構成が把握てきる。そして、どの辺が必要な情報か、どの辺が気合いを入れて書いているかがわかる。)

5、全体の中から優先順位の高い順にページを開き、読む。
最初からという順序を気にせず、いきなり核心から読む。必要があれば遡って読む。

2014/07/19

授業プラン 「なぜ怖い??怪談の世界」(夏季限定)

怪談(怖い話)は子どもたちに大人気だ。
とくに宿泊行事などでは、夜になると「怖い話をして!」と必ずリクエストをしてくる。
先日2年生と一緒に行ってきた林間学校では、キャンプファイヤーのイベントの一つとしてクラスごとに車座になり怖い話を聞くという取り組みがあった。話をしたのはレク係のメンバー。レク係がしっかり練習をしてきたおかげか、怪談は大成功。夜の林に、ところどころ悲鳴が上がっていた。
それを聞きながらひらめいたのが「怪談」を授業で取り上げるということ。今回はタイミングを逃してしまったが、もし次に2年生を持つことになったら怪談の語りを授業で取り上げてみようと思う。
そこで、忘れないうちに授業の構想を書き留めておく。

単元名 
なぜ怖い??怪談の世界

単元の趣旨、概要
みんなで怪談を語る言語活動。
怪談を語ったり作ったりすることを通して、文学的文章の描写の特徴や音読の技術を学ぶ。

○怪談の語りの特徴
怪談の語りには様々な音読の技術が必要とされる。
顔色を作ったり
声のトーンをぐっとおとして声色を落としたり、
抑揚をつけたりつけなかったり
ゆっくりとしたテンポで話したり急に早口になったり、
突然「わあー!」っと叫んだり、「ごおーっ」という効果音を挿入したり、
そしてなにより、音読に不可欠な(それでいて学ぶことが難しい)「間」の大切さを実感することができる。
怪談の音読のいいところは、立て板に水の饒舌な人が必ずしもいいのではなくて、とつとつと話すような人のほうがむしろ怖さが増すというところだ。普段音読を苦手としている人こそ、この学習では生き生きと活躍するかもしれない。

○怪談のレトリックを学ぶ
一方、怪談「怖い話」には、怖くなるような書き方がなされている。
端的に言うとここぞとばかりにリアリティーを追求した描写をしつつも、ある場面では「身体感覚に訴えること」と「想像力をかきたてる余白」を書きこむことポイントになるだろう。
たとえば「突然、背筋にツーっと冷たいものが走った」とか
「背後に人影を感じた」などなど……、「五感」に訴える描写が怪談のレトリックの特徴だ。
そして、あえてあからさまに言わないところに、読者の想像力をかきたてる怖さがある。
「その後、女の子の姿は二度と現れませんでした」とか「後ろを振り返ると、さっきまで座っていた女性はいなくなってしまいました」など。
「お化けが出た」なんてべたなことを言わなくても、そうと感じさせる「余白」を配置することが特徴だったりする。(これは日本の怪談の特徴かもしれない)
これらの、「怪談の仕掛け」である表現の意図と効果を、作り手の立場から考えさせることが、怪談の学習から得られる学習内容となる。
(きっとこの学習が、怪談に限らず文学作品の描写の学習にも生きてくることだろう)

学習の流れ

A、音読をメインにした場合の授業
1、怪談を聞く
2、怪談の音読の特徴を分析する(
稲川淳二さんの怪談を聞く(たとえばこんな映像。こえ~)



こっちは伊集院光さん。これもこえ~
3、稲川淳二さんなどのネタで自分も怪談話をしてみる。
(ここまでが共通課題)
4、自作したり、インターネット等で調べた怖い話を再話する。
5、クラスで怪談発表会「2年○組百物語」を行う。

B、怪談のレトリックをメインにした場合の授業
4、上記の4の学習で、怪談がなぜ怖くなるか文章の工夫を分析する。
できれば文字起こしした資料があるといい。
日本の古典的な怪談や、世界の怖い話などを調べれば、ちょっとした比較文学の学習にもなる。

以下のサイトが参考になる。子どもたちに調べさせても、授業で提示してもいいだろう。
「怖い話の作り方」
どうすれば怖いホラーが書けるか

5、4で学習したことを参考に、怖い話を自作する。または、元々あった怖い話を、全く怖くない笑い話に作りかえる。(怖い話が苦手な人向け)

6、怖い話発表会を行う。






2014/07/02

「どうしたらネットでなく本を手にとって調べるようになりますか?」~「知の宝探し」のすすめ~

先日のメディアリテラシー研究会で、参加者の一人がプロのリサーチャー喜多あおいさんに投げかけた質問だ。喜多さんは少し考えて次のようなことをおっしゃった。
「やはり、必死になって本を探して、知りたいことが見つかったという嬉しさを感じることだと思うんですよね。一度そういう喜びを味わえば、また次も本を手にとって調べようという気になるのではないでしょうか? ですから、子どもにとっては調べたけどなかなか見つからないという経験も大切だと思うのです」

「知の宝探し」のような活動、知りたい情報めがけて必死になって本を手に取り、やっとの思いでその情報が書かれているページにたどり着く。そういう経験を数多く踏ませたい。
結局、遠回りのようだけど、これからの時代、情報を得るために本を手に取ることの意義や価値はそこからしか感じさせることができないような気がする。