新しく出会った言葉や、異業種で使われはじめた言葉を、自分のフィールドで論じようとするときは、かならずその言葉の原義を調べ、ルーツをたどり、その言葉が使われている業界なり世界での文脈を調べる。それが研究上のルールでありマナーであると思う。
安易に自分の文脈に引きつけて「ふりかけ」のように使い、粉飾することほど恥ずかしいことはない。
辞書で言葉の意味を調べ、ネットで使われ方をリサーチし、その業界の参考文献を読んで学ぶ。そこからスタートルすべきだ。
本の紹介と「ブックトーク」とではどう違うのか?
「情報活用能力」はどのように定義されているか?
「見える化」のルーツは? その言葉が使われている業界や、背景は?
「伝え合う力」のもとになっている言葉は何か?誰が言い始めたか?
言葉のルーツをたどると、研究を推進、発展させていくためのヒントがたくさん得られる。遠回りのようで一番効率的な研究の方法だ。
自分の文脈に都合よく使っている言葉は、その定義も曖昧だし、研究もぼやけたものとなってしまう。
2014/01/18
2014/01/16
「とんでも」例文作成遊び~中学生の中学生による中学生のための古文単語学習~
高校入試を間近に控えた中学三年の授業。
目下の課題は60あまりある古文単語をおさらいしつつ、定着させることだ。
そこで、「とんでも」例文遊びに取り組んだ。
「とんでも」例文遊びの流れは次の通り。
1、あらかじめ、単語とその訳の一覧表を提示する。
2、覚えている言葉をチェックする。
3、覚えていない言葉のなかで古文単語を一つ選び、それを使った例文を考える。
(例文は現代文。普段使っているような言い回しでよい。例文の脇には現代語訳を書き添える)
4、例文カードを作り、全員の分を印刷して読み合う。
例文のポイントは、とにかく多少怪しくても、古文的にどうかな?というところがあっても許容し、古文単語の意味を受け止めて使っていたらよしとするところ。
例文も古文っぽくする必要はなく、むしろ、現代文の文脈で古文単語を使うほうが、かえって古文の意味が際立つのでよい。
こんな感じのカードができた。(写真をクリックすると拡大します)
やってみて案外すらすらできたので上々の手応えだった。
ただ、もうちょっとこうすれば,という課題もある。
なるほどなるほど!
大学の先生のお墨付きのこの学習方法、これからも、このネタで子どもたちと遊んでみたいと思う。
目下の課題は60あまりある古文単語をおさらいしつつ、定着させることだ。
そこで、「とんでも」例文遊びに取り組んだ。
「とんでも」例文遊びの流れは次の通り。
1、あらかじめ、単語とその訳の一覧表を提示する。
2、覚えている言葉をチェックする。
3、覚えていない言葉のなかで古文単語を一つ選び、それを使った例文を考える。
(例文は現代文。普段使っているような言い回しでよい。例文の脇には現代語訳を書き添える)
4、例文カードを作り、全員の分を印刷して読み合う。
例文のポイントは、とにかく多少怪しくても、古文的にどうかな?というところがあっても許容し、古文単語の意味を受け止めて使っていたらよしとするところ。
例文も古文っぽくする必要はなく、むしろ、現代文の文脈で古文単語を使うほうが、かえって古文の意味が際立つのでよい。
こんな感じのカードができた。(写真をクリックすると拡大します)
- 何気ない心配りがこころにくし。
- 君はどうせ人の話を聞かないのだから私の意見はいふかひなしだね。
- 昨日の親との喧嘩はえもいはず、いと恐ろしかった~
- 彼女はねんごろに部活に取り組んでいたため、人々は彼女を応援していた。
- 受験の前に風邪を引いておぼつかなし。
- いたづらに頑張っても空回りするだけで意味がないと思う。
- やがて、勉強に集中する。
- 桜が二月に咲くのはありがたし。
- 引っ越しした部屋はとてもすさまじ。
- なかにはこんな大作を作ってきた生徒もいた。
- テレビを見ながらの勉強はいたずらなり。この時期にそのような人がいるのはあやしと思う。あなたはいかがだろうか。受かるのはありがたしことで、ののしりたくなるがなほ勉強は大切である。
- 受験生はえ遊べず。
- けがをしたら,手当てをしないとなかなか悪化してしまいますよ。
- 一人でいるのはさうざうしい。
- 彼は祖父を亡くしたようだ。とてもいとほしく思う。
やってみて案外すらすらできたので上々の手応えだった。
ただ、もうちょっとこうすれば,という課題もある。
- 複数の古文単語を使った例文にして、もっとハードルをあげても良かった。
- たとえば、問題形式にして、読み手が訳を考えて答えるなどのスタイルにすれば、例文つくりを書いたり読み合ったりする目的意識を持たせられただろう。
- 一人一台タブレットを使えるような環境ならば、例文をアップロードし、同じ古文単語を使った例文を共有し合うなんてこともできるだろう。
- 古文単語を使った日記など、文章の形式を指定してあげるのも。
- 中三で慌ててやるのでなく、中一段階ではやめに古文単語を定着させる方法もありそう。(百人一首などをテキストに。)
- 帯単元的な扱いで少しずつとりあげるのも。
- 古語辞典をもっと活用させても良かった。(そういえば、最近では現代語から引ける古語辞典もあった!)
- 古文単語に触れることをとおして、日本語の語彙を豊かにする指導として、他の語彙指導全体のバランスの中で関連してとりくませていけばさらに効果があるかも。
など。
なお、この授業のアイディアは、古文単語の定着指導に悩む私に対する、荷方先生、首藤先生の次のアドバイスから生まれたものです。
感謝すると共に、下記に記録しておきます。
荷方先生 現代表現に直した「文例集」とか予備校講師時代はよく使いました。「満員電車に乗りて,うたてしこととひとりごつ」→満員電車に乗ったんで,はあうぜー(気に入らない,嘆かわしい)って独り言を言っちゃったよ。 さすがに中学生にここまではやりませんが,最近の高校生の単語集(ex.萌単)なんかは,若い人に馴染んだ言い回しで文例を作ることが多いですね。
『萌える英単語もえたん』 最近はこんな英単語集まで!
首藤先生荷方さんが、ご提示くださっている方法をヒントに、「とんでも」例文作成遊び、というようなノリのほうが、私は好きです。あるいは、weblioなどを活用して、中学生のそれぞれの個々人の趣味や興味に合わせて、weblioの例文から、ターゲット以外の単語を他のいろいろな単語に入れ替えた例文を大量に作る遊び、なんてのも面白そうです。やってみると、これが、案外、ターゲットにした単語の定着率もよくなるはずです。
荷方先生お試しいただいたようで。もちろんこの用例集,先生が作るのがベストではなく,生徒が自分で作る方がベストです。その時の訳は上に示したように,「意味さえ合っていればどんなとんでもないものでも良し」です。 一応知識獲得と学習指導の研究者なので(笑),知識の生成活動はよく知られた通り学習に寄与します。特に,自己のために自己の知識を再構成する活動は,このような例文づくりや図表作成などあらゆる場面で利用できます。 自分のために知識を使いやすい状態にする「知識の利用可能性」を高めるカスタマイズ(知識の再構成・生成)を楽しく促進するため,首藤先生が指摘する「トンデモ」作成はとっても素敵な方法だと思います。
なるほどなるほど!
大学の先生のお墨付きのこの学習方法、これからも、このネタで子どもたちと遊んでみたいと思う。
2014/01/13
道徳の授業についてのあれこれ
道徳についてとりとめもなく、今まで考えてきたことをまとめてみた。
1、ある道徳の授業から。
ある研究会でのレポート発表を聞いて感じたこと。
瓦礫にまみれた岩手の被災地で、バケツで水くみをしている少女の写真(新聞に掲載されていたもの?)を提示し「この人は幸せだと思いますか」という発問をした授業を展開していた。
発表者の先生はとても物腰が柔らかく、おそらく道徳教育に熱心に取り組まれている様子が想像できた。
……その発表、私はものすごく嫌な思いで聞いていた。
けれども、それがどこから感じたか、そのときはよく分からず、もやもやした思いで、何も発言できなかった。
今になると、そのもやもやの正体が分析できる。
「『この人は幸せですか』と聞かれている少女は幸せか」という視点が、その授業者には全く欠如していたからだ。「他人事」の発想で授業を作っていたのだ。
私が感じた不快感は、「そんな質問、彼女に失礼だろ!」という、ごく当たり前の感覚だったのだ。
2、道徳の授業を「自分事」にしていきたい
道徳の授業で何を取り上げるべきか?
偉人伝などで、立派な人の生き様から学ぶことは必要だろう。
障害を持っている方や、震災で被災したり差別されていたり、社会で不利益を被っている人について知り、その人の懸命の生き様や、置かれている立場を共感的に受け止めることは必要だろう。
しかし、そのどちらもが、「すごい」「かっこいい」「かわいそう」などと「他人事」として受け止めるのであれば、自分自身の生きる力にはつながっていかないのではないか。
道徳を「他人事」から「自分事」に引きおとさなければいけない。
他人事だったら何でもしゃべれる。
いじめ、差別、震災、原発、障害を持つ人……
それが「自分事」に感じられたとき、人は沈黙する。
価値ある沈黙を作り、その沈黙から声を引き出すこと、それをいかにつくるかが道徳の授業のカギだ。
3、共感中心の授業批判
道徳の授業はややもすれば「共感」中心の、授業が行われる傾向があるのではないか?
資料の登場人物への「共感」、クラスメート同士の「共感」。
このような、「共感」の共同体(学級)のなかで、日本の子ども達は育まれている。
しかし、そういった価値観に共感できない一部の生徒にとっては、息苦しさを感じる場となってはいないか?
「共感」の重視が「同調」を強いることとなり、クラスの空気や教師の反応を過度に「読む」ことを学習する場とはなっていないだろうか?
「道徳の授業だから何となくこれを言ったらマズイ」
「これを言ったら先生に褒められるかな?」
道徳的な「正しさ」は、「正しければ正しいほど」絶対的な強制力となって機能する。
「絶対的な正しさ」を重視し、強調する授業は、ある種、教師の誘導する価値観への同調を強いていることにはならないか?
それにしても、全ての人に共通する価値観しか取り上げないのであれば、それをあえて道徳で教える必要があるのだろうか?
4、道徳で何を学ぶか? 道徳の授業論、一つの方法。
「道徳性」という美しすぎる言葉を、私なりに考える。
ざっくりと言い換えると「視野の広さ」「意識の高さ」「判断の的確さ」「感じる心の細やかさ」等になるのではないか?
だから、読み物教材による感動中心主義の「道徳」だと、視野が狭くなる危険性がありはしないかと危惧する。
感性はもちろん大事、それに論理や知識、知見が支えることで、広い視野や判断力が磨かれ「道徳性」が高まるのではないだろうか。
たとえば、友人関係のあるトラブルを取り上げるとする。
そのときに、自分が取りうる態度や行動、言動が何パターンあるか分析する。
そして、そのとりうる態度によって引き起こされる事態を想定する。
もちろん、客観的な状況だけでなく、相手の気持ち、自分の立場などあらゆる角度から検討する。
その結果、自分がとるべき立場と引き受けるリスクを決定する。
そうすることで、一つの状況に対して、あらゆる選択肢があることを知ることができる。
そして自分が想定していなかった選択肢やリスクの存在を知ることができる。
そのような、広い視野と判断力を身につける「道徳」があっていいのではないか?
5、道徳の時間に心理学を学ぶのは?
例えば、道徳の時間などで、心理学の成果を学校教育で学ばせることはできないのだろうか。
「防衛規制」のような、ごく基本的な心理学の知見は、知っておいて損がないと思う。
自分の心理状況をメタ認知できる視点を得ることができる。文学の解釈だって深まるのではないか。 「ことわざ」にも、人間の不合理な心理に対する洞察が深いものが多い。
そういう生きる知恵や発想法を学んでもいいのではないか?
6、資料を使わない、体験活動を中心とした道徳をもって認めてほしい
道徳の学習指導要領解説には、学習指導案に書くべき内容についての言及がなされている。これはおそらく他の教科にはない(と思う)。
「ねらい」とか「主題名」はまだ理解できる。気になるのが「資料」という言葉。
道徳の学習指導案には必ず「資料」を明示することになっている。
この「資料」とは、指導書によれば「資料については,体験活動等を盛り込んだ資料,読み物資料,テレビやビデオ,インターネット等の情報通信ネットワークを利用した資料」と書かれている。
が、資料のない道徳だっていいじゃんと素朴に思ってしまう。
たとえばプロジェクトアドベンチャーは道徳につながっているし、いろいろな行事などの体験を通して学ぶ道徳的価値はたくさんある。
そういう「学びを引き出すリソース」を活かして道徳性を高めるという授業観は「資料」という言葉からは伝わってこない。 何となく、頭の硬い先生が、つまらない読み物資料を読んで感想を交流し合うのだけが道徳である、という理想を、文科省公認の指導書のなかで押しつけているような気がしてならないのだ。
1、ある道徳の授業から。
ある研究会でのレポート発表を聞いて感じたこと。
瓦礫にまみれた岩手の被災地で、バケツで水くみをしている少女の写真(新聞に掲載されていたもの?)を提示し「この人は幸せだと思いますか」という発問をした授業を展開していた。
発表者の先生はとても物腰が柔らかく、おそらく道徳教育に熱心に取り組まれている様子が想像できた。
……その発表、私はものすごく嫌な思いで聞いていた。
けれども、それがどこから感じたか、そのときはよく分からず、もやもやした思いで、何も発言できなかった。
今になると、そのもやもやの正体が分析できる。
「『この人は幸せですか』と聞かれている少女は幸せか」という視点が、その授業者には全く欠如していたからだ。「他人事」の発想で授業を作っていたのだ。
私が感じた不快感は、「そんな質問、彼女に失礼だろ!」という、ごく当たり前の感覚だったのだ。
2、道徳の授業を「自分事」にしていきたい
道徳の授業で何を取り上げるべきか?
偉人伝などで、立派な人の生き様から学ぶことは必要だろう。
障害を持っている方や、震災で被災したり差別されていたり、社会で不利益を被っている人について知り、その人の懸命の生き様や、置かれている立場を共感的に受け止めることは必要だろう。
しかし、そのどちらもが、「すごい」「かっこいい」「かわいそう」などと「他人事」として受け止めるのであれば、自分自身の生きる力にはつながっていかないのではないか。
道徳を「他人事」から「自分事」に引きおとさなければいけない。
他人事だったら何でもしゃべれる。
いじめ、差別、震災、原発、障害を持つ人……
それが「自分事」に感じられたとき、人は沈黙する。
価値ある沈黙を作り、その沈黙から声を引き出すこと、それをいかにつくるかが道徳の授業のカギだ。
3、共感中心の授業批判
道徳の授業はややもすれば「共感」中心の、授業が行われる傾向があるのではないか?
資料の登場人物への「共感」、クラスメート同士の「共感」。
このような、「共感」の共同体(学級)のなかで、日本の子ども達は育まれている。
しかし、そういった価値観に共感できない一部の生徒にとっては、息苦しさを感じる場となってはいないか?
「共感」の重視が「同調」を強いることとなり、クラスの空気や教師の反応を過度に「読む」ことを学習する場とはなっていないだろうか?
「道徳の授業だから何となくこれを言ったらマズイ」
「これを言ったら先生に褒められるかな?」
道徳的な「正しさ」は、「正しければ正しいほど」絶対的な強制力となって機能する。
「絶対的な正しさ」を重視し、強調する授業は、ある種、教師の誘導する価値観への同調を強いていることにはならないか?
それにしても、全ての人に共通する価値観しか取り上げないのであれば、それをあえて道徳で教える必要があるのだろうか?
4、道徳で何を学ぶか? 道徳の授業論、一つの方法。
「道徳性」という美しすぎる言葉を、私なりに考える。
ざっくりと言い換えると「視野の広さ」「意識の高さ」「判断の的確さ」「感じる心の細やかさ」等になるのではないか?
だから、読み物教材による感動中心主義の「道徳」だと、視野が狭くなる危険性がありはしないかと危惧する。
感性はもちろん大事、それに論理や知識、知見が支えることで、広い視野や判断力が磨かれ「道徳性」が高まるのではないだろうか。
たとえば、友人関係のあるトラブルを取り上げるとする。
そのときに、自分が取りうる態度や行動、言動が何パターンあるか分析する。
そして、そのとりうる態度によって引き起こされる事態を想定する。
もちろん、客観的な状況だけでなく、相手の気持ち、自分の立場などあらゆる角度から検討する。
その結果、自分がとるべき立場と引き受けるリスクを決定する。
そうすることで、一つの状況に対して、あらゆる選択肢があることを知ることができる。
そして自分が想定していなかった選択肢やリスクの存在を知ることができる。
そのような、広い視野と判断力を身につける「道徳」があっていいのではないか?
5、道徳の時間に心理学を学ぶのは?
例えば、道徳の時間などで、心理学の成果を学校教育で学ばせることはできないのだろうか。
「防衛規制」のような、ごく基本的な心理学の知見は、知っておいて損がないと思う。
自分の心理状況をメタ認知できる視点を得ることができる。文学の解釈だって深まるのではないか。 「ことわざ」にも、人間の不合理な心理に対する洞察が深いものが多い。
そういう生きる知恵や発想法を学んでもいいのではないか?
6、資料を使わない、体験活動を中心とした道徳をもって認めてほしい
道徳の学習指導要領解説には、学習指導案に書くべき内容についての言及がなされている。これはおそらく他の教科にはない(と思う)。
「ねらい」とか「主題名」はまだ理解できる。気になるのが「資料」という言葉。
道徳の学習指導案には必ず「資料」を明示することになっている。
この「資料」とは、指導書によれば「資料については,体験活動等を盛り込んだ資料,読み物資料,テレビやビデオ,インターネット等の情報通信ネットワークを利用した資料」と書かれている。
が、資料のない道徳だっていいじゃんと素朴に思ってしまう。
たとえばプロジェクトアドベンチャーは道徳につながっているし、いろいろな行事などの体験を通して学ぶ道徳的価値はたくさんある。
そういう「学びを引き出すリソース」を活かして道徳性を高めるという授業観は「資料」という言葉からは伝わってこない。 何となく、頭の硬い先生が、つまらない読み物資料を読んで感想を交流し合うのだけが道徳である、という理想を、文科省公認の指導書のなかで押しつけているような気がしてならないのだ。
2014/01/04
「治安維持法」の教訓~『治安維持法 なぜ政党政治は「悪法」を生んだか』レビュー~
『治安維持法 なぜ政党政治は「悪法」を生んだか』を2日かけて読了
関連する用語などをWikipediaなどでたどりながらちびちびと読んで行った。
本書は著者の博論をもとにした一冊。
治安維持法の成立過程、そして暴走していった過程などを、かなり客観的に、史実を綿密に押さえて記述している。文章は生硬で教科書的な記述だが、バランスのとれた堅実な論述には好感が持てる。
わかりにくいところはネットで調べながら読むことで、当時の時代状況をより立体的に、リアルにとらえることができた。
高校の日本史で習った言葉が、さまざまな歴史の因果関係で結ばれていくのは快感でもあった。
大正デモクラシーを経て、昭和前期のテロリズム全盛へ、そして軍部の台頭へと、日本が戦争に突入していったプロセスは空恐ろしい。
そもそも治安維持法は、ロシア革命の余波による日本の共産主義化を防ぐために、内務省及び司法省が協働で作成した法律だった。
大正14年(1925)4月21日に治安維持法が公布された。
この法律は、第1条第1項に「国体ヲ変革シ又は私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」とあるとおり、「国体」の変革と私有財産制度の否認を目的とする結社を組織することと参加したりすることを取り締まるものであった。つまり、当初は、国体を変革する「結社」を取り締まることを前提としたものであった。もちろん、その結社とは共産主義的な組織(共産党)を指していた。
成立したのは大正デモクラシー全盛、護憲三派内閣といわれる加藤高明内閣である。
若干の反対運動はあったものの、成立した当初はさしたる問題は取り上げられなかった。
成立時点では「反社会的な結社」を取り締まる法律が、個人の思想信条に立ち入るとは思えなかったからだ。
しかし、その後、治安維持法は、なし崩し的に拡大解釈、改悪をされていく。
「結社」への取り締まりから、「結社の目的に協力するもの(目的遂行罪)」も罪に問われることに。つまり、党の目的に寄与すると見なされるあらゆる行為に拡大解釈されて取り締まれるようになった。また、「国体」の定義が極めて曖昧で融通無碍に解釈可能であったがために、共産党だけでなく、マルクス主義の研究や極右団体への適用、国家を批判する学説への適用(天皇機関説)、宗教への適用(大本教などの新興宗教)など、あらゆる領域に渡って思想統制の道具として猛威を振るうようになる。
治安維持法は大正デモクラシーの「政党政治」、民主主義の中で生まれた。そして皮肉にも「政党政治」が弱体化していくなかで膨張、暴走し、そして「政党政治」の滅亡(大政翼賛会)を導くことになる。
治安維持法が生まれた当初、少なくともある程度の言論の自由は守られていた。
明治憲法下でさえ、自由民権運動、普通選挙運動、そして政党政治の中で、自由な言論の場は確保されていた。
治安維持法への反対意見を論じることはできた。共産主義などの研究も可能でさえあった。それを論じる自由な空気もある程度はあった。
しかし、政党政治が崩壊し、5.15事件、2,26事件などのテロリズムを経て、軍部が台頭していく中で、政党政治が守っていた自由な言論さえ圧殺されていくようになった。
読みながら一番感じたのは、暗黒時代といわれる戦前でも、それなりに政党政治が機能し、「言論の自由」を主張する余地があったということだ。
この映像は、日中戦争の拡大を憂慮した斉藤隆夫の「反軍演説」。
斉藤はこの演説をした後、圧倒的多数の賛成によって衆議院議員を除名させられた。
そして昭和17年の「翼賛選挙」において、軍部を始めとする選挙妨害をはねのけ、翼賛選挙で非推薦ながら兵庫県5区(但馬選挙区)から最高点で、2位と7000票以上の大差で再当選を果たし、見事衆議院議員に返り咲く。しかし、大政翼賛の挙国一致内閣、国家総動員体制になり、言論は死に絶えたのだ。
斉藤の他にも、尾崎行雄や浜口雄幸、幣原喜重郎など戦前の気骨ある政治家を知ったのも、この本のおかげだ。戦争に向かう日本にも、こんな真の「愛国者」がいたのだ。これから、尾崎らの本を読んでさらに知りたいと思った。
筆者は、結びに「治安維持法」の教訓を次のように述べている。
治安維持法は、暴力や革命の発生源となる結社を取り締まろうとした。しかし、本来は暴力から保護されるべき言論へと手を広げ、あまたの悲劇を招いた。
政党は言論の自由を守るために、共産主義思想よりも、まず不法な暴力(いわれのない誹謗中傷も含まれる)を排除することを目指すべきだった。
………
「国体」の定義は、日本の命運を背負わせるには漠然としすぎていた。政党は何を守るかを明確にするために、もっと真摯に言葉を選ぶべきだった。
現代社会においてまず尊重されるべきは、個人の言論であり、そのためには思想、出版、結社の自由は皆大切である。そして個人の言論を不当に抑圧することは方法を問わず許されない。そのような結社はやはり規制されるべきである。
治安維持法の「悪法」としての歴史は、戦前の政党政治の全盛、衰退、消滅の歴史とも重なる。そして、自由と民主主義を守る上で何が必要かを、我々に遺してくれた。
関連する用語などをWikipediaなどでたどりながらちびちびと読んで行った。
本書は著者の博論をもとにした一冊。
治安維持法の成立過程、そして暴走していった過程などを、かなり客観的に、史実を綿密に押さえて記述している。文章は生硬で教科書的な記述だが、バランスのとれた堅実な論述には好感が持てる。
わかりにくいところはネットで調べながら読むことで、当時の時代状況をより立体的に、リアルにとらえることができた。
高校の日本史で習った言葉が、さまざまな歴史の因果関係で結ばれていくのは快感でもあった。
以下メモ
・ロシア革命、シベリア出兵とそれに伴う米の暴騰、米騒動へ
・日ソ国交樹立と、ロシア革命の輸出、共産主義の脅威
・普通選挙運動と治安維持法の「アメとムチ」法案成立
・京都学連事件(最初の治安維持法適用は京大生)
・3・15事件と4・16事件(共産党員の一斉検挙、共産党員の「スパイM」の暗躍)
・日本共産党の崩壊による、一斉検挙から日常検挙へ、大量検挙による転向政策へ
・天皇機関説事件(学説に対する封殺)
・大本事件(宗教団体に対する弾圧)
・人民戦線事件(合法左派組織への弾圧)
・横浜事件(でっち上げ、小林多喜二への見せしめ)
・予防拘禁制度による拘束
・築地小劇場などのプロレタリア演劇への弾圧、京都大学俳句の会の弾圧!
・極右団体の暗躍(血盟団事件、5.15事件) 大川周明、
大正デモクラシーを経て、昭和前期のテロリズム全盛へ、そして軍部の台頭へと、日本が戦争に突入していったプロセスは空恐ろしい。
そもそも治安維持法は、ロシア革命の余波による日本の共産主義化を防ぐために、内務省及び司法省が協働で作成した法律だった。
大正14年(1925)4月21日に治安維持法が公布された。
この法律は、第1条第1項に「国体ヲ変革シ又は私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」とあるとおり、「国体」の変革と私有財産制度の否認を目的とする結社を組織することと参加したりすることを取り締まるものであった。つまり、当初は、国体を変革する「結社」を取り締まることを前提としたものであった。もちろん、その結社とは共産主義的な組織(共産党)を指していた。
成立したのは大正デモクラシー全盛、護憲三派内閣といわれる加藤高明内閣である。
若干の反対運動はあったものの、成立した当初はさしたる問題は取り上げられなかった。
成立時点では「反社会的な結社」を取り締まる法律が、個人の思想信条に立ち入るとは思えなかったからだ。
しかし、その後、治安維持法は、なし崩し的に拡大解釈、改悪をされていく。
「結社」への取り締まりから、「結社の目的に協力するもの(目的遂行罪)」も罪に問われることに。つまり、党の目的に寄与すると見なされるあらゆる行為に拡大解釈されて取り締まれるようになった。また、「国体」の定義が極めて曖昧で融通無碍に解釈可能であったがために、共産党だけでなく、マルクス主義の研究や極右団体への適用、国家を批判する学説への適用(天皇機関説)、宗教への適用(大本教などの新興宗教)など、あらゆる領域に渡って思想統制の道具として猛威を振るうようになる。
治安維持法は大正デモクラシーの「政党政治」、民主主義の中で生まれた。そして皮肉にも「政党政治」が弱体化していくなかで膨張、暴走し、そして「政党政治」の滅亡(大政翼賛会)を導くことになる。
治安維持法が生まれた当初、少なくともある程度の言論の自由は守られていた。
明治憲法下でさえ、自由民権運動、普通選挙運動、そして政党政治の中で、自由な言論の場は確保されていた。
治安維持法への反対意見を論じることはできた。共産主義などの研究も可能でさえあった。それを論じる自由な空気もある程度はあった。
しかし、政党政治が崩壊し、5.15事件、2,26事件などのテロリズムを経て、軍部が台頭していく中で、政党政治が守っていた自由な言論さえ圧殺されていくようになった。
読みながら一番感じたのは、暗黒時代といわれる戦前でも、それなりに政党政治が機能し、「言論の自由」を主張する余地があったということだ。
この映像は、日中戦争の拡大を憂慮した斉藤隆夫の「反軍演説」。
斉藤はこの演説をした後、圧倒的多数の賛成によって衆議院議員を除名させられた。
そして昭和17年の「翼賛選挙」において、軍部を始めとする選挙妨害をはねのけ、翼賛選挙で非推薦ながら兵庫県5区(但馬選挙区)から最高点で、2位と7000票以上の大差で再当選を果たし、見事衆議院議員に返り咲く。しかし、大政翼賛の挙国一致内閣、国家総動員体制になり、言論は死に絶えたのだ。
斉藤の他にも、尾崎行雄や浜口雄幸、幣原喜重郎など戦前の気骨ある政治家を知ったのも、この本のおかげだ。戦争に向かう日本にも、こんな真の「愛国者」がいたのだ。これから、尾崎らの本を読んでさらに知りたいと思った。
筆者は、結びに「治安維持法」の教訓を次のように述べている。
治安維持法は、暴力や革命の発生源となる結社を取り締まろうとした。しかし、本来は暴力から保護されるべき言論へと手を広げ、あまたの悲劇を招いた。
政党は言論の自由を守るために、共産主義思想よりも、まず不法な暴力(いわれのない誹謗中傷も含まれる)を排除することを目指すべきだった。
………
「国体」の定義は、日本の命運を背負わせるには漠然としすぎていた。政党は何を守るかを明確にするために、もっと真摯に言葉を選ぶべきだった。
現代社会においてまず尊重されるべきは、個人の言論であり、そのためには思想、出版、結社の自由は皆大切である。そして個人の言論を不当に抑圧することは方法を問わず許されない。そのような結社はやはり規制されるべきである。
治安維持法の「悪法」としての歴史は、戦前の政党政治の全盛、衰退、消滅の歴史とも重なる。そして、自由と民主主義を守る上で何が必要かを、我々に遺してくれた。
2014/01/02
「集合知」を生かすための作法
教師は、あるレベルまでは何でも屋である必要があるけど、それ以 上のものは、他の人の力をうまく借りて任せることが必要だと思う 。職場でも、職場以外のつながりでも。
教育相談だったらあの人、特別支援ならあの人、ITCならあの人 、特別活動だったらあの人、国語で言えば、文学なら、話す聞くな ら、読書指導なら……というように。
それぞれの領域で前を向いて走る仲間を見つける。争ったり張り合 うのではなく、力を借りる。そのためにも、「こっちは得意じゃな いからあなたに任せたよ!」という部分と、ある面では、自分が意 識的に、専門となるもの、得意なものを探して身につけていくこと 重要なのではないかなあ。それが、「集合知」というものの生かし 方だと思う。
今後ますますその傾向は加速していくのではないか。
で、必要なのは、そういう「これが得意ですよ」「これが好きです よ」という看板を、意識的に持って掲げるということなのだ。それ を私は、「相手意識」に対抗して「自己意識」と勝手に呼んでいる 。匿名性の高い,顔の見えにくいコミュニケーションであればある ほど、そういう「自己意識」を打ち出していくことは必要な作法だ と思う。
いや、教師だけでないか?
教育相談だったらあの人、特別支援ならあの人、ITCならあの人
それぞれの領域で前を向いて走る仲間を見つける。争ったり張り合
今後ますますその傾向は加速していくのではないか。
で、必要なのは、そういう「これが得意ですよ」「これが好きです
いや、教師だけでないか?
2014/01/01
梅棹忠夫『文明の生態史観』を読む~「革命」と「脱皮」~
「文明」とは何だろうか。今さらながらに思う。
この『文明の生態史観』は「文明」を真っ正面から取り上げた一冊だ。
梅棹さんは民族学者としてアジアをはじめさまざまな国を探検した。
その体験から「文明」を「生態史観」という立場で観るというユニークな視点を獲得した。
「生態史観」とは、砂漠や熱帯雨林のように、地域の自然環境によって独自の発達をしていく植物の植生と同じようなとらえ方で、人間の文明も地域・環境によって似通った発達をしていくという見方をすることだ。
文明を「東洋」対「西洋」、「イスラム」対「仏教」のように、単線的な時間の流れとしてとらえるのではなく、異なった地域で、似たような文明が同時進行、同時発達に平行進化していることを示唆した点がとてもユニークなところだ。
梅棹は、イギリス、フランス、ドイツなどの西ヨーロッパ諸国と日本を「第一地域」と名付けた。
そして「第二地域」として、ロシア、中国、インド、トルコの4大帝国と、その周辺にある多数の小国とを位置づけた。
その詳細な分析については本書を読んでもらうなり、さまざまなブログで説明されているので割愛するとしよう。(梅棹さんの文章は中学生でも読めるような易しい文体だから原典に当たるのが一番だ)
第2地域が砂漠の灌漑からうまれた四大文明に端を発していること、その文明が、常に砂漠の遊牧民族(匈奴やスキタイ、元のような)の脅威に頭を悩ませていたこと、また、4大文明の影響を直接は受けなかった「辺境」である日本やヨーロッパが、結果的には現在の文明の発達を得たことなど、興味深い関連性が次々と取り上げられている。
梅棹がこの「生態史観」を発表したのが戦後まもなくのころというのも驚くべきことだ。平成の現代、インドや中国、イスラムなどの、かつての巨大帝国が力をもたげてきているのも「生態史観」の新たな展開を予想させる。
やや強引なところもなきにしもあらずだが、見方としてとても面白いし、それによっていろいろな現象を捉えることもできるのだ。
この本を読んで一番考えさせられたのは、日本の位置づけだ。
第二地域(中国やロシア)は、王様のような強大な権力があり、その下に圧倒的な数の、無力な庶民の存在があった。そのため「革命」が一気に進み、新たな圧政的国家(社会主義国家など)が生まれた。
一方、日本を含めた第一地域は、王様のような権力と、無力の庶民の間に、中間層として力を持っている「ブルジョア」の存在があったために、「革命」のような急速な改革はおきなかった。「革命」ではなく「脱皮」としての近代化を成し遂げることができたのだ。
日本やヨーロッパなどの地域は、本質として「革命」は起きえない。ぐだぐだと(表現は悪いが)なし崩し的に変容していくかか、急速に変わっていくとしても、その本質は「脱皮」であるということだ。
中間層であるブルジョア(という表現が適切かどうかは??だが、)がどう変化していくかが、日本やヨーロッパが変わっていく鍵であるということなのだろう。
しかし、この現在、日本などの第二地域における「中間層」の存在は、「大衆」の誕生とともに、その位置づけは大きく揺らいでいることと思う。
この『文明の生態史観』は「文明」を真っ正面から取り上げた一冊だ。
梅棹さんは民族学者としてアジアをはじめさまざまな国を探検した。
その体験から「文明」を「生態史観」という立場で観るというユニークな視点を獲得した。
「生態史観」とは、砂漠や熱帯雨林のように、地域の自然環境によって独自の発達をしていく植物の植生と同じようなとらえ方で、人間の文明も地域・環境によって似通った発達をしていくという見方をすることだ。
文明を「東洋」対「西洋」、「イスラム」対「仏教」のように、単線的な時間の流れとしてとらえるのではなく、異なった地域で、似たような文明が同時進行、同時発達に平行進化していることを示唆した点がとてもユニークなところだ。
梅棹は、イギリス、フランス、ドイツなどの西ヨーロッパ諸国と日本を「第一地域」と名付けた。
そして「第二地域」として、ロシア、中国、インド、トルコの4大帝国と、その周辺にある多数の小国とを位置づけた。
その詳細な分析については本書を読んでもらうなり、さまざまなブログで説明されているので割愛するとしよう。(梅棹さんの文章は中学生でも読めるような易しい文体だから原典に当たるのが一番だ)
第2地域が砂漠の灌漑からうまれた四大文明に端を発していること、その文明が、常に砂漠の遊牧民族(匈奴やスキタイ、元のような)の脅威に頭を悩ませていたこと、また、4大文明の影響を直接は受けなかった「辺境」である日本やヨーロッパが、結果的には現在の文明の発達を得たことなど、興味深い関連性が次々と取り上げられている。
梅棹がこの「生態史観」を発表したのが戦後まもなくのころというのも驚くべきことだ。平成の現代、インドや中国、イスラムなどの、かつての巨大帝国が力をもたげてきているのも「生態史観」の新たな展開を予想させる。
やや強引なところもなきにしもあらずだが、見方としてとても面白いし、それによっていろいろな現象を捉えることもできるのだ。
この本を読んで一番考えさせられたのは、日本の位置づけだ。
第二地域(中国やロシア)は、王様のような強大な権力があり、その下に圧倒的な数の、無力な庶民の存在があった。そのため「革命」が一気に進み、新たな圧政的国家(社会主義国家など)が生まれた。
一方、日本を含めた第一地域は、王様のような権力と、無力の庶民の間に、中間層として力を持っている「ブルジョア」の存在があったために、「革命」のような急速な改革はおきなかった。「革命」ではなく「脱皮」としての近代化を成し遂げることができたのだ。
日本やヨーロッパなどの地域は、本質として「革命」は起きえない。ぐだぐだと(表現は悪いが)なし崩し的に変容していくかか、急速に変わっていくとしても、その本質は「脱皮」であるということだ。
中間層であるブルジョア(という表現が適切かどうかは??だが、)がどう変化していくかが、日本やヨーロッパが変わっていく鍵であるということなのだろう。
しかし、この現在、日本などの第二地域における「中間層」の存在は、「大衆」の誕生とともに、その位置づけは大きく揺らいでいることと思う。
また、工業社会から情報社会に移行するに伴い、「生態」そのものの様態も変わってきているのではないかと思う。
いまは砂漠のなかでさえ、世界の情報にアクセスできるようになっている。
モロッコの砂漠のなかをを車で通過しながら、屋根にはパラボラアンテナ、遊牧民は携帯電話を持っている姿をいくつも見た。また、世界のたいていの地方都市には、カルフールのような巨大なスーパーマーケットがあり、そこで人々はマックやケンタッキー、スターバックスに行くことをステータスとしている。「百均」のような店もいろいろな国で見かけることができる。
モロッコの砂漠のなかをを車で通過しながら、屋根にはパラボラアンテナ、遊牧民は携帯電話を持っている姿をいくつも見た。また、世界のたいていの地方都市には、カルフールのような巨大なスーパーマーケットがあり、そこで人々はマックやケンタッキー、スターバックスに行くことをステータスとしている。「百均」のような店もいろいろな国で見かけることができる。
グローバル化はあらゆる地域の「文明」で進んでいる。この世界が「ジャスコ化」「ファスト風土化」(三浦展)していることは間違いない。
そのグローバル化は「生態」をどのように変えるのだろうか??
サイバー的な社会と、ローカルな社会との「生態」はどのように変わっていくのだろうか?
梅棹さんだったらなんていうのだろうか、生きていたら質問してみたい。
今年のテーマは、語彙を豊かにする学習!
私の今年のテーマは「語彙を豊かにする学習」
海外で、語彙力が無くて英語が全然しゃべられなかった悲しい経験と、映画「舟を編む」を見て、あらためて、豊かな言葉を持っていることによる力を痛感した次第です。
年末、海外(モロッコ)に旅行に行ってきました。
私と妻の個人旅行で、同行したのはモロッコ人ドライバーのみ。現地ガイドが観光地ごとについてくるというスタイル。しかも、彼らは英語しかしゃべれません。説明はすべて英語です。(モロッコはアラビヤ語とフランス語が公用語なので、英語は必ずしも上手ではないらしいが……)
で、自分も高校までは英語を勉強してきたのでしゃべれるかなあと思っていたんですが、しゃべろうと思っても言葉が出てこない! 正確に言うと、単語が出てこない! これでは、いくら英文法とか構文を知っていても意味は無いのです。反対に、文法的にはかなり怪しくても、単語さえ知っていればコミュニケーションをとることはできるわけです。
作文力は語彙力!とあらためて痛感させられたのでした。
伝えたい思いがあっても、言葉にならないあのもやもやした時間は、きっと、教室で子どもたちが作文を書くときに途方に暮れているあの顔と同じです。かれらも、きっと伝えたい思いにぴったりした語彙を知らなかっただけかもしれません。
言葉を知っていること、言葉をいつも持っていること、それが、表現力のすべての根幹であることにあらためて痛感させられました。
作文を指導する時、いままで私は「どんな語彙に出会わせようか」とか「どういう語彙を使えるようになったらいいんだろうか」という視点で指導をしてはいませんでした。
「書き方」などのテクニックを教えて、書けるようにさせている「気」になっていただけだったのです。
作文が書けるようになる前提には、豊かな語彙力が必要とされる。しかもそれは教師が意図的に学習する場を設定する必要があること、これは、いままでの私の授業ではあまり重視されていない盲点です。
この「語彙力」はたんに単語の意味を知っているというだけではなく、単語の使い方(単語が文脈とセットで、一文の中で当てはめる力)や、特定の言い回しを知っていて、それをタイミング良く思い出して使える力とも言えると思います。英語教育やコーパスなどのツールも活用できるかもしれません。
「語彙を豊かにする学習」にフォーカスを当てた取り組みを意識していきたいです。
ちなみに「舟を編む」は、ご存知の人も多いと思いますが、辞書づくりに関わる人たちの物語です。
『大渡海』という辞書を、十何年もかけて編集をしていきます。
この作品にはこんな名言がちりばめられています。
(『大渡海』の名前の由来)
「海を渡るにふさわしい舟を編む」
「ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かびあがる小さな光を集める。もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために。もし辞書がなかったら、俺たちは茫漠とした大海原をまえにたたずむほかないだろう」
「死者とつながり、まだ生まれ来ぬものたちとつながるために、ひとは言葉を生みだした。」
「言葉という落雷があってはじめて、すべては生まれてくる。愛も、心も。言葉によって象られ、昏い海から浮かびあがってくる。」
さあ、「舟を編む」にならって、今日から用例採集!
本年もよろしくお願いします。
海外で、語彙力が無くて英語が全然しゃべられなかった悲しい経験と、映画「舟を編む」を見て、あらためて、豊かな言葉を持っていることによる力を痛感した次第です。
年末、海外(モロッコ)に旅行に行ってきました。
私と妻の個人旅行で、同行したのはモロッコ人ドライバーのみ。現地ガイドが観光地ごとについてくるというスタイル。しかも、彼らは英語しかしゃべれません。説明はすべて英語です。(モロッコはアラビヤ語とフランス語が公用語なので、英語は必ずしも上手ではないらしいが……)
で、自分も高校までは英語を勉強してきたのでしゃべれるかなあと思っていたんですが、しゃべろうと思っても言葉が出てこない! 正確に言うと、単語が出てこない! これでは、いくら英文法とか構文を知っていても意味は無いのです。反対に、文法的にはかなり怪しくても、単語さえ知っていればコミュニケーションをとることはできるわけです。
作文力は語彙力!とあらためて痛感させられたのでした。
伝えたい思いがあっても、言葉にならないあのもやもやした時間は、きっと、教室で子どもたちが作文を書くときに途方に暮れているあの顔と同じです。かれらも、きっと伝えたい思いにぴったりした語彙を知らなかっただけかもしれません。
言葉を知っていること、言葉をいつも持っていること、それが、表現力のすべての根幹であることにあらためて痛感させられました。
作文を指導する時、いままで私は「どんな語彙に出会わせようか」とか「どういう語彙を使えるようになったらいいんだろうか」という視点で指導をしてはいませんでした。
「書き方」などのテクニックを教えて、書けるようにさせている「気」になっていただけだったのです。
作文が書けるようになる前提には、豊かな語彙力が必要とされる。しかもそれは教師が意図的に学習する場を設定する必要があること、これは、いままでの私の授業ではあまり重視されていない盲点です。
この「語彙力」はたんに単語の意味を知っているというだけではなく、単語の使い方(単語が文脈とセットで、一文の中で当てはめる力)や、特定の言い回しを知っていて、それをタイミング良く思い出して使える力とも言えると思います。英語教育やコーパスなどのツールも活用できるかもしれません。
「語彙を豊かにする学習」にフォーカスを当てた取り組みを意識していきたいです。
ちなみに「舟を編む」は、ご存知の人も多いと思いますが、辞書づくりに関わる人たちの物語です。
『大渡海』という辞書を、十何年もかけて編集をしていきます。
この作品にはこんな名言がちりばめられています。
(『大渡海』の名前の由来)
「海を渡るにふさわしい舟を編む」
「ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かびあがる小さな光を集める。もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために。もし辞書がなかったら、俺たちは茫漠とした大海原をまえにたたずむほかないだろう」
「死者とつながり、まだ生まれ来ぬものたちとつながるために、ひとは言葉を生みだした。」
「言葉という落雷があってはじめて、すべては生まれてくる。愛も、心も。言葉によって象られ、昏い海から浮かびあがってくる。」
さあ、「舟を編む」にならって、今日から用例採集!
本年もよろしくお願いします。
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