2013/01/31

メモ 情報機器の活用で国語教育は何を目指すか


現在、情報機器を使った授業改善に取り組みはじめている。

教室にあるテレビに、アップルTV経由でさまざまなものを映し出している。
生徒のノートをその場で映し出す。
参考になる写真を映し出す。
ビンゴアプリで抽選をする。
などなど。

単純に、やってみて楽しいということもある。
しかし、ただ単に楽しいということだけでは、機械に振り回されて終わりということになってしまう。
しっかりと目的を見定めることが重要だ。
まだ、自分自身使いこなしているとは言い難い段階だが、情報機器を活用した授業には大きな可能性があると直感的に感じている。

情報化時代の国語教育では、なにを、どのように変えていくことができるのか?

情報機器を活用することで、次のような時間を生み出すことができるだろう。
(そうなるようにしむけるべきだろう)

情報機器を活用することで、
A、情報を浴びるように入力する時間が生まれ、、
B、沈思黙考、じっくりと立ち止まって考える時間のゆとりを生みだし、、
C、考えたことを効果的にかつ大量に表現することができるようになること。


A、情報を浴びるように入力する時間
文章、写真、動画、他の生徒のノート、発言、参考になるサイトなどなど。
多種多様な情報を、大量に、生徒に与えることが可能になる。
情報の多様さ、即時性が段違いであるが、その質はよく教師が精査する必要があるだろう。

B、沈思黙考、じっくりと立ち止まって考える時間のゆとりを生みだす。
情報機器の活用により、能率的、効果的に授業を進行させることで、じっくりと考える時間のゆとりを生み出せるようにしていきたい。
機械に振り回されるのではなく、機械を使いこなす。
機械が生み出すゆとりにとって、より「人間にしかできないこと」の時間を確保していきたい。

C、考えたことを効果的にかつ大量に表現することができる
ワープロなどで、テキストを素早く、見栄え良く書き出す。
データやコメントの共有によって交流を促す。
マルチメディアのリテラシーを高める。


デメリット、及び留意点
1、情報の「フォアグラ」状態にしない
教師による情報の一方的な注入でなく、生徒が主体的、目的的、自覚的に情報を選択する配慮を忘れないようにする。情報の消化不良を防ぐ。
目的や意図に応じて情報を収集し活用していくことが本来的な目的である。

2、情報機器は常に発展途上であること
情報機器は日進月歩、常に発展途上である。
現在の情報機器の活用能力の育成に追われてはいけない。
その本質にある情報活用能力をこそ鍛えるべきであろう。
たんなるワープロの使い方レベルの学習に留まってはならない。
ワープロで「書く生活」の何が変わるのか、ワープロ活用の意義や活用法をこそ、学ぶ必要があるだろう。
「使い方」から、「活かし方」へ、「活かす意義」の理解へ





2013/01/30

竹取物語 第6の貴公子を創作する

竹取物語から発展して創作の言語活動を行っています。
5人の貴公子に続く第6の貴公子を考えます。
貴公子が難題に取り組む様子を描く物語を創作していく学習。
(詳しい指導案は以前の投稿から探してください)

貴公子の登場人物例をいくつか提示しました。
酒作りの皇子
子持ちの皇子
左大臣明之明星
中納言小倉大福
うーん、センスがいまいち。

子どもたちはこれに触発されていろいろなアイディアを出しました。
流離(さすらい)の皇子
三日月の皇子
悪知恵の皇子
など。

それと、かぐや姫が貴公子に出す難題も例を出しました。
A じょうはりの鏡
B くさなぎの剣
C 打ち出の小槌
D 天の羽衣
E 魔法のランプ

これも、いろいろなアイディアが飛び出しました
狸が化けるときに頭に載せている葉っぱ
どこでもドア
世界一の美女
火の鳥の生き血
恐竜の卵
など。

ここから構想を立てて、創作文を書いていきます。
どんな作品が生まれるか、楽しみです。






2013/01/29

メモ 評価のいろいろ(未整理)




「評価」という言葉はとても幅広い概念だ。
「評価」という言葉は、聞き手によって、さまざまな意味に受け止められる。
「評価」について考える際に、「評価」が示す言葉の意味を腑分けする必要があるのではないか。

「評価」のいろいろ
主として授業時間前に行われる評価
A「診断」としての評価
……いわゆるレディネス(学習の準備状況)を把握するための評価。
生徒の関心や問題意識、授業で必要とされる知識や技能を把握しておく。
それを授業づくりに活かしていくことが目的。

主として授業時間内に行われる評価
B「アセスメント」としての評価
………学習の進捗状況を教師がリアルタイムでキャッチする。
的確に学習状況を知り、教師がそれを学習活動に反映させていくことが目的。

C「フィードバック」としての評価
……学習の適否を生徒に伝える。丸を付けたり、レベルを示したり。
学習の達成度を学習者自身が知って、学習を促進させることが目的。

主として授業時間後に行う評価
D 総括的な評価……授業終了後、どの程度の学力が付いたかを診断する→次の授業に活かす
E「評定」としての評価……いわゆる成績評価。通知表などに評価を下すこと。

全部で5つ。
もうすこし評価の機能を調べれば出てくるだろう。

私の100年の人生から学んだ生き方


日野原重明先生が来校。講義を拝聴しました。

「私の100年の人生から学んだ生き方」と題し、日野原先生の100年の人生をふりかえる内容のご講義だった。
若い頃に腎炎や結核などの大病を患った経験
人生のモデル、ウィリアム・オスラーとの出会い
よど号ハイジャック事件が自分に与えた影響など、日野原先生のライフヒストリーをうかがうことができた。

以下、メモから

大病の経験から学んだこと
……苦難のあとには恩寵(grace)として感謝されるときがくる。



ある人との出会いによってこそ、新しい運命が始まる
1)先人の著作との出会い
2)師や先輩、同僚、友人などとの出会い
3)患者さんとの出会い


邂逅(エンカウンター)と受容体(レセプター)
どんなに良い出会いがあっても、それを受け止めるレセプターがないとキャッチできない。
そのレセプターの感度を良くするためには「教養」が必須。
「教養」を養うためには多方面の本を読むこと。
大学時代は、大学の授業で学ぶことよりも、むしろいろいろな本を読んで教養を養うだけの時間を持つことが大切。


ナースに必要なものは「感性」(ナイチンゲール)
人の悲しみや喜び、痛みを知ることが決定的に重要な資質だ。
その悲しみや痛みを感じるためには文学を読む必要がある。


ターミナルケアの一番大切なことは”Be with the patient.”
患者と共にあること。一緒に死ぬような気持ちで立ち会うこと。
患者と一緒に苦しむこと。

よど号事件では山村代議士に身代わりになってもらって解放された。
無事に金浦空港に降り立ったとき、足の裏からくる霊感を感じた。
「私に与えられたこれからの人生を誰かのために捧げよう」と。

「成人病」という名称を「生活習慣病」と替えるまでに30年かかった。

何かを変えようと思えば20年、30年かかるものだ。


88歳の時「新老人の会」を設立。
3つのスローガン
 1、愛し愛されること
 2、創(はじ)めること
 3、耐えること
 「生きがいの3原則」フランクル

一つの信念
 子どもたちに平和と愛の大切さを伝えること
……毎週のように小学校で授業を行っている。


人間というものは、自分の運命は自分で作っていけるものだということをなかなか悟らないものである。(ベルグソン)

自分の運命は、私がデザインして作ろう。

自分では実現できないことも、次の代の人がそれを受け継ぎ、実現してくれるかもしれない。

日野原先生はこのところ毎年うちの大学に来て、年に一度だけ講義をしてくださっている。
「また来年お会いしましょう」
かくしゃくと手を振って教室を出られた。



2013/01/28

「子どもも教師も前向きになる評価のあり方」の課題


評価なきところ印象はびこる~評価についての一考察~

評価について最近考えたことをまとめる。

1、評価について考えたくない??心理について
評価の研究は、何となく「後ろ向き」のイメージがある。
評価の研究をするくらいなら、もっと面白い教材を開発している方がよい。
評価をすればするほど実践がやせ細る。
実際に耳にしたことがある評価についての批判である。
これほど重要だと皆が認めておきながら無関心な領域もない。

そのほか、評価について考えたくなくなるような、次のようなつぶやきもある。
評価の資料を集めるのが煩雑だ。
どのように、何を評価したらいいのかわからない。
果たして自分に評価ができるのか?
公正公平な、客観的な評価はできるのか?
5年後、10年後力が付いたかどうかを、現在評価できるのか?
評価するということは、子どもの可能性を限定してしまわないか?

2、評価についての考えたいこと
評価について、現場レベルで取り組むべき喫緊の課題は、
「子どもも教師も前向きになる評価のあり方」だろう。
どんな評価法が子供を伸ばすか、
どんな評価法だったら負担感なく、なおかつ妥当な評価ができるか?
どんな評価法だったら教師の授業改善のモチベーションがあがるか?
評価の負のイメージをポジティブな営みとしてとらえ直すとしたらどのような発想が必要か?

3、研究者の視点
という発言をあるところでしたら、大学の研究者として活躍しておられる、無藤先生、黒上先生から以下のようなコメントをいただいた。

無藤先生(白梅学園大)
「教師は、相手が,5分先か、1年先かはともかく、なってほしい状態をかなり具体的に思い描き、それに向けての働きかけをする。
それは通常の人間関係とやや異なるもので、そこに評価と指導という二つの教師の専門的働きがセットになるゆえんがあるのでしょうね。」

黒上先生(関西大)
「根源的な話をすると…人と接するとき,必ず相手を評価しています。
評価を否定する人も,必ず自動的に子どもを評価しています。
でなければ指導なんてできません。
そういう評価の良いところを活かして,主観的に過ぎて歪んでいる部分を剪定するような評価の仕方が大事なのだと思っています。
そして,それが,指導という目的的な活動に沿うようにするための工夫も必要なのだと思っています。
評価を否定する気持もわかりますが,その人(あるいはかなり多くの普通の人々)の評価のイメージが問題なのでしょうね。
あまりに負のイメージがつきまとうなら,言葉を変えるという手もあるかも知れませんね(私は嫌ですが)。」

4、評価をどうとらえ、どう実践していけばよいか、その3つの視点
視点1 質的評価と量的評価の特質を理解し、使いこなすことが重要。
教育評価の本質は「質的」なものであること。
「量的」な評価が客観的で正しいという思い込みを捨てる。
すべての評価は、「相対的」に、正しかったり客観性があるに過ぎない。
重要なのは、「信憑性」があるかどうかである。
評価は、他ならぬ人間が、人間を評価するわけだから、もやもやしていいんだ。
もやもやしているものなんだ。
質的研究の考え方による評価はそういう、もやもやを自覚する営みでもある。
そのもやもやを、どう束ね、相手に了解できる形で表現するか。信憑性をもたせるか。
そこに評価の大きな課題がある。

視点2 教師が見ようと思うものしか見えない。
何かを見ると言うことは、何かを見ないと言うことでもあること。
ルビンの壺
ルビンの壺のように、何かを見るということは、何かを見ないということでもある。
何かを見ない(評価しない)という断念がないと、何かを見よう(評価しよう)ということはできない。
教師のしている行為(教育活動)は何を意図しているのか?
教師のしている行為(教育活動)によって子どもがどんな姿になって欲しいのか?
それをどのような観点や方法で見取るのか?質的か?量的か?
その結果、何が見えて、何はわからないのか、何を断念したか。評価の範囲や限界を自覚することが必要だ。









これは何に見える? 何に見えない?
















視点3 子どもの理想像をイメージできることが必要であること。
それは評価者(教師)の力量に大きく依拠するということ。
教師の意図や、理想像というフィルターがあって、はじめて評価という行為が成立する。
教師の意図がないぼんやりとした活動であれば、子どもの何を見たらよいかはわからない。
教師が理想を描き、それを目の前の生徒に当てはめたり、イメージすることなければ、それは評価ではなく感想であり、印象批評にすぎない。
その意図や理想をどこにおくか、理想像をどのような姿にイメージするかが教師の評価の力量の一つだろう。
結局は、自分(教師)の身の丈にあった評価しかできない。生徒を評価することは自分自身のちっぽけな教育観をふりかえることでもある。だからこそ、教育(授業)の大きな可能性を信じ、イメージし続けること、試行錯誤を繰り返すことで、自分のちっぽけな教育観(評価観)を更新していかなければいけない。

5、「子どもも教師も前向きになる評価のあり方」の課題
課題1 評価のさまざまな方法とその特徴を理解する。
質的・量的評価のさまざまな方法を、現場の先生が理解し、それを使いこなせるようにする。
とくに、質的研究のさまざまな手法を知ることで、現場レベルでの評価法は大きく前進することができるだろう。

課題2 子どもの見方を学ぶ
子どもの学ぶ姿や成長をどうやって見ればよいか、その見方、マインドを体得する。
熟達した教師がどのように子どもを見ているかを学び、知見を活用できるようにする。

課題3 子どもへのフィードバックの方法を学ぶ
どのように子どもへ評価結果を返していく(フィードバック)のが効果的か、その方法を開発していく。
教師の声かけや通知表の所見などの方法も含め、コーチングやファシリテーションなどのさまざまな技術や知見を活用することができるだろう。

課題4 手間のかからない、効率的な評価方法を開発する
簡便で、誰でも手軽に取り組める評価方法を開発する。
ノートチェックの方法、ポートフォリオの活かし方、自己評価と連動させた評価、パフォーマンス評価などのさまざまな評価法の日常的な実践例の掘り起こし。そのノウハウを共有する。

「授業時間内」に評価をする工夫を開発したい。
「指導と評価の一体化」というのなら、授業時間内に評価をするのは当たり前のことだ。
(もちろん、ほめたりなどの声かけは日常的に行っている。
それらの評価をいかに意識的、意図的に行うか)
評価は授業後にやったり、家に持ち帰ったりしなければできないようなものではないはずだ。
ある程度は仕方がないにせよ。
観点を絞り、評価手法を吟味し、授業時間内でフィードバックを返す。
全員なくても、一部の観点でも、授業時間内でできる範囲の評価を積み上げていく。
「授業時間内で」っていうのがポイント。
なんとか突破口はあるはずだと思う。







2013/01/27

クラシック音楽の楽しみ~私の場合~

クラシック音楽が好きだ。
きっかけは、親戚のおじさん。
そのおじさんは無類のクラシックマニアで膨大なコレクションがあった。
それで、中学時代以降、よくCDを借りにいっていた。(そのころはCDもまだ出たてで、3000円以上するとても高価な代物だった)

私はピアノなんか弾けないし、当然、楽譜も読めない。
家族で誰一人クラシックなんて聴く人もいない。
けれども、そのおじさんの影響で、私一人だけ、クラシックが生活の一部になっていた。

私の音楽の嗜好はかなりの偏食だと自覚している。

クラシックと言っても、そのなかでいろいろなジャンルに細分化される。
交響曲
協奏曲
室内楽
器楽曲
声楽曲
オペラ
宗教音楽
現代音楽・音楽史
などなど。

しかし、あらゆるジャンルの作品をまんべんなく聞くわけではない。
幅広く聞きたいとは思うけど、なかなか触手が伸びない。
むしろ、同じ作品を、いろんな指揮者で演奏しているのを聞き比べるのが好きだったりする。
一番CDを持っているのがベートーヴェンの第9。これなんて、何枚CDを持っていることか。
……こういうタイプのクラシック好きは多いのだろうか?

好きな作品は何度聞いても聞き飽きない。一日中聴いていてもいいくらいだ。
まさにヘビーローテーション。
クラシック音楽のいいところは時代が立ってもちっとも古びないところだ。
だから、中学時代に聴いた演奏を今聴いても、ちっとも古くささを感じをしない。
いつ聴いても、その時々に新たな感動が得られるのだ。
合唱は聴くのも歌うのも好きだ。ちょこっとだけ合唱に関わったことがある。
(歌ったのは、第九、モーツァルトとフォーレのレクイエム)
マタイ受難曲かカルミナ・ブラーナを将来いつか歌ってみたいと思っている。

そんな、私にとってのヘビーローテーションの作品とは、例えば次のような作品だ。


作曲家「作品名」(指揮者など)

合唱曲
オルフ「カルミナ・ブラーナ」(ヨッフム、ケーゲル)
モーツァルト「レクイエム」(トン・コープマン)
ベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」(クレンペラー)

宗教曲
バッハ マタイ受難曲(ショルティ)

交響曲
ベートーヴェン 交響曲第9番(クレンペラー)
マーラー 交響曲「大地の歌」(クレンペラー)

室内楽
ヴィバルディ「四季」(ビオンティ)

ピアノ曲(ピアノ以外でも演奏されることが多い曲もある)
ドビュッシー「月の光」
ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」
バッハ「主よ、人の望みの喜びよ」
バッハ「ゴールドベルク変奏曲」

オペラ
モーツァルト「魔笛」

もし少しでも興味を持たれたら、YOUTUBEなどで聴いてみて欲しい。

メモ:ワープロによる文章作成の授業アイディア

池田修先生が以前、次のような問題提起をしていた。
大人になったらワープロで文章を書くのが当たり前なのに、それをどこも指導していない。と。

確かに、作文教育でワープロを活用した学習なんてあまり聞いたことがない。
高校の情報科の先生にも聞いてみたら、ゼロから文章を書くというよりは、通知文のリライトするような学習はあるにはあるという。

そこで、もし中学校でワープロを使った作文の学習をするとしたら、という仮定でどんなことができそうか考えてみた。
この発想を膨らませてそのうち授業するかもしれない。

レベル1 ワープロ視写
いわゆるタイピングの学習。すばやく正確にタイピングする技術を習得する。

レベル2 ワープロ聴写
耳で聞いた言葉をその場でワープロで打つ。レベル1よりはすこしハードルが上がる。

レベル3 講演を聴きながら、ワープロで要点をメモする。
講演(スピーチでもよし)ある程度の中身とボリュームのある話を聞きながら、要点をメモする。要約能力が要求される。

レベル4 ワープロ構造化
簡単な説明文を読み、そのキーセンテンスを構造化してワープロに打ち込み、他の人に説明する。
(アウトラインプロセッサで分解していく)

そのほか、次のようなエクササイズを適宜取り入れる。
・ワープロブレインストーミング
あるテーマに沿って思いついたことを次々と箇条書きにして書き出す。
書き出したあとで、分類したり構造化する。

・アウトラインプロセッサを使った文章作成
・ワープロの編集機能をつかってリライト作文。「縮約」

・ワープロ板書
いろいろな人の発言を聴きながら「板書」のようにワープロ上にメモしていく。

・ツイッター要約記録
講演を聴きながら、ツイッターサイズの単文で要約メモを取る。他の人とできばえを比較する。

こういう授業、どっかでやられていないんだろうか??