2014/11/29

「ふつう」が意味があるわけではない。

授業の実践研究をするために、サンプリングをどうするかというのは難しい問題だ。
量的にせよ、質的にせよ、見ることのできる母体(授業研究の場合は学習者)は限られている。日本中の生徒全員を対象にするのなんて、個人ではとうていできない。だから、ある規準により抽出をして、そこでのあらわれを検討することになる。

ここで考えたいのが「ふつう」という規準。「ふつう」とか「平均」とは、まあ、それはそれで価値があるのかもしれないけれども、「ふつうじゃなきゃいけない」というのはおかしい。「ふつう」だったり「平均」でないものでも、そこから得られる知見というものは確かにある。

おおよそ、以下の規準でサンプリングの選択は考えられる。
1 平均的な事例(「ふつう」の生徒)
2 極端な事例(極端に学力が高いとか低いとか)
3 理想的な事例(こういうデータがあらわれるのが良いという事例)
4 典型的事例(いくつかの表れを最もよく代表している事例)
5 希少事例(レアケースを検討することで、見えてこなかった問題の発見につながる価値がある)
もちろん、これらを組み合わせることで、さまざまな知見が得られることになる。
研究の対象は「ふつう」じゃなきゃ意味が無いとか、「ふつう」を対象とすべきだというのは、偏った認識だということだ。