2014/11/16

盛り上がってくると対話はあいまいな意味のやりとりになる

ある方にしたインタビュー記事を、論文で使うために文字起こしをしている。
インタビューの会話をそのまま活字に直していくことはいろいろな言語能力を使うものだなとあらためて思う。けっこう至難の業だ。
一番困るのは、対話文って、文字にしてみると文として完結していないことがとても多いと言うことだ。

A「写真撮ってもらって、ちょっとそこのへんにいる人とかにインタビューしてもいいかもしれませんし」
B「じゃあ、この段階でインタビューするっていう」
A「あ、いいですね。子どもに探させるっていうのも」
B「ああ、なるほど」
と、まるまる文字起こしをするとこんな感じになってしまう。
気持ち(メッセージ)さえ伝われば、文を最後まで言い切らなくても、なんとなく次の話し手へと移っていくし、相手の言葉の語尾を聞き手が引き受けて話すこともある。むしろ話し合いが盛り上がってくると、一つの話を最後まで聞いてから話すことのほうが少なくなってくる。お互いがお互いの土台となり、ゆだねあい、一つの談話、一つの文脈が形成されていく。
対話を一文字一文字を忠実に文字起こししていくと、かなりかみ合わなかったり曖昧な意味のやりとりでもそれなりに話が続いていくのがよくわかる。それが面白い。

橋田壽賀子さんの台本が、妙に整い過ぎて気持ち悪い理由もここにあるのかもしれない。